シュリーマド・バーガヴァタム 1.11.19

vāramukhyāś ca śataśo
yānais tad-darśanotsukāḥ
lasat-kuṇḍala-nirbhāta-
kapola-vadana-śriyaḥ

訳語

翻訳

同時に、数多くの名高い娼婦たちもさまざまな乗り物に揺られて道路を進んだ。主に会いたい一心でやってきた彼女たちの美しい顔はきらめく耳飾りで彩られ、その額の美しさを際立たせている。

解説

娼婦であっても、主の献身者であれば嫌悪する必要はありません。今でもインドの大都市にはたくさんの娼婦がいて、彼女たちは主の誠実な献身者です。運命のいたずらで、社会的にさげすまれるような仕事をしなくてはならないことがありますが、それが献身奉仕の妨げになるわけではありません。献身奉仕はどのような状況でも妨げられることはありません。この節の記述から、約5千年前の当時でさえ、主クリシュナの住むドヴァーラカーのような都市にも娼婦たちがいたことが分かります。これは、社会を適切に維持させるために娼婦の存在が必要だったことを物語っています。政府は酒屋を開店しますが、だからといって飲酒を奨励しているわけではありません。どうしても酒を飲みたいと思う人たちがいるため、大都市で禁酒法を制定してしまえば、酒の密売を助長する結果になることは周知の事実です。同じように、家庭で満たされない男性たちにはしかるべき便宜も必要であり、もし娼婦がいなければ、低い意識を持つ男性たちが他の人々を売春に駆り立てることになります。ですから、公に娼婦との関係を持つことができれば、社会の尊厳は維持されます。売春が助長されるような社会になるよりは、売春を職業とする人々の環境を整えるほうがまだましだといえます。真の矯正とは人々を主の献身者になるよう啓発することであり、その結果、暮らしを堕落させる要因を抑制することができます。
ヴィシュヌスヴァーミーのヴァイシュナヴァ派に属するシュリー・ビルヴァマンガラ・タークラという偉大なアーチャーリャは、世帯者として暮らしていた時、主の献身者でもあった、チンターマニという娼婦にすっかり心を奪われていました。ある夜タークラは、土砂降りの雨と雷の中、チンターマニの家を訪ねましたが、彼女はそのような恐ろしい夜に、タークラが荒れ狂う川を渡って来たことに仰天しました。そして、自分のようなつまらない女の肉や骨への執着が、もしも主の超越的な美しさへの愛着を育むために、主への献身奉仕に向けられるなら、あなたの執着心は適切に使われることになるでしょう、とタークラ・ビルヴァマンガラを戒めました。娼婦の言葉はタークラの人生を一転させ、やがて精神的悟りの道を歩き始めました。後にタークラはその娼婦を精神指導者として受け入れ、書き残した文献の中で、自分に正しい道を示してくれたチンターマニという名前を幾度か讃えています。
『バガヴァッド・ギーター』(9-32)で主はおっしゃっています。「プリターの子よ。卑しいチャンダーラの家庭に生まれても、あるいは不信心者の家庭に生まれても、さらに娼婦であっても、私への無垢な献身奉仕に身を委ねれば、人生の完成に到達できる。献身奉仕の道には、卑しい誕生や職業による障害など全くないからである。その道は、従う気持ちのある者に、大きく開かれている」
ドヴァーラカーの娼婦たちは、主に会いたくてたまらず、また全員無垢な献身者だからこそ、『バガヴァッド・ギーター』のこの言葉のように、解脱の道を進んでいることが分かります。ですから、社会に必要な唯一の矯正は、住民を主の献身者に変える組織立った努力をすることです。そうすることで天国の住民が有する質の全てが彼らの内に培われる、ということです。一方、献身者でない者たちには、どれほど物質的に高められていても優れた質は全くありません。その違いは、主の献身者は解脱の道を歩き、非献身者は物質的束縛につながる道をさらに進んでいることです。文化の発達の基準は、人々が正しく教化されているか、そして解脱の道を歩いているか、という点にあります。