バガヴァッド・ギーター あるがままの詩 4.15
節
evaṁ jñātvā kṛtaṁ karma
pūrvair api mumukṣubhiḥ
kuru karmaiva tasmāt tvaṁ
pūrvaiḥ pūrva-taraṁ kṛtam
pūrvair api mumukṣubhiḥ
kuru karmaiva tasmāt tvaṁ
pūrvaiḥ pūrva-taraṁ kṛtam
訳語
evam — このように jñātvā — よく知って kṛtam — 実行された karma — 活動 pūrvaiḥ — 過去の権威者たちによって api — 本当に mumukṣubhiḥ — 解脱を得た人 kuru — ただ実行する karma — 規定された義務 eva — 確かに tasmāt — それゆえ tvam — あなたは pūrvaiḥ — 古人たちによって pūrva-taram — 古代に kṛtam — 実行したように
翻訳
古来より解脱した魂たちは皆
私の超越性を理解して行動した。
ゆえに君も古人たちを見習い
自分の義務を遂行せよ。
私の超越性を理解して行動した。
ゆえに君も古人たちを見習い
自分の義務を遂行せよ。
解説
人間には2種類ある。心の中まですっかり物質的なものに汚染されてしまっている人と、物質的なものから解放された人。クリシュナ意識は、そのどちらの人間にとっても等しく有益である。汚れに満ちた人は、献身奉仕の規則的な行動指針に従ってクリシュナ意識への道に専念すれば、徐々に浄化されていく。すでに浄化されている人は、そのままクリシュナ意識で行動し続けることにより、ほかの人たちの手本となって恩恵を与えるだろう。愚かな人や、クリシュナ意識を始めたばかりの人は、クリシュナ意識の知識を身に着けていないため、行動そのものを止めようとする。戦場での責任を放棄したいというアルジュナの望みを、主は認めなかった。大切なのは、いかに行動すべきかを知ることである。クリシュナ意識での活動を放棄して、人里離れたところに座って見せかけのクリシュナ意識をすることは、クリシュナのために戦場で戦うことよりずっと劣っている。ここでアルジュナに勧められているのは、前述の太陽神ヴィヴァスヴァーンのように、主の弟子の足跡に従ってクリシュナ意識で行動せよということである。至高主は御自身のことはもとより、過去にクリシュナ意識で行動した者のすべてをご存じである。だからこそ主は、何百万年も前にこの術を主から直々に学んだ太陽神を見習えと勧めているのだ。ここで語られている主クリシュナの弟子たちは皆、クリシュナから与えられた義務を遂行して解脱しているからである。