シュリーマド・バーガヴァタム 1.6.36

sarvaṁ tad idam ākhyātaṁ
yat pṛṣṭo ’haṁ tvayānagha
janma-karma-rahasyaṁ me
bhavataś cātma-toṣaṇam

訳語

翻訳

ヴィヤーサデーヴァよ。あなたはどのような罪にも汚れていない。だから、あなたの求めに応じて、私の誕生と自己を悟るための活動について説明した。これら全てが、あなたを満足させるはずである。

解説

献身奉仕を始めたばかりの状態から超越的な境地に至る過程が、ヴィヤーサデーヴァの質問を満たすよう秩序立てて説明されています。ナーラダ・ムニは、神聖な交流を通して献身奉仕の種が心に植えつけられたこと、その種が聖者の話を聞くことでどのように育っていったかを説明しました。話を聞いた結果として俗世への未練を断ち切ったことで、幼い少年ながら、ただひとりで自分を養っていた母親の死の知らせを聞いても、それを神の祝福だと受け取ることができました。そしてそれを機に、主を探し求める旅に出ました。通俗な目では主を見ることはできませんが、どうしても主に会いたいという彼の一念が受け入れられました。またナーラダ・ムニは、誠実な献身奉仕をすることで、過去の活動からつながる果報的活動を断ち切られること、そして体が物質的なものから精神的なものへと変わったことも説明しています。精神的な体によってのみ、主の精神的な世界に入ることができ、またその世界に入るのは心の清い献身者だけに限られています。超越的な悟りの神秘については、ナーラダ・ムニ自身が体験しているため、そのような権威者の話を聞くことで、ヴェーダの原書にでさえほとんど描写されていない献身生活の結果がどういうものかを把握できます。ヴェーダやウパニシャッドにはこのような話題については間接的な描写しかありません。直接言及されているわけではなく、その点が『シュリーマド・バーガヴァタム』が、全ヴェーダという木の熟した果実といわれる由縁です。