シュリーマド・バーガヴァタム 1.19.25

tatrābhavad bhagavān vyāsa-putro
yadṛcchayā gām aṭamāno ’napekṣaḥ
alakṣya-liṅgo nija-lābha-tuṣṭo
vṛtaś ca bālair avadhūta-veṣaḥ

訳語

翻訳

そのとき、ヴィヤーサデーヴァの有力な息子がその場に姿を現した。諸国をさすらっていた彼は、何かに関心を寄せることもなく、自らの内で満たされ、どの社会階級や身分にも属さない風格を漂わせている。女性や子どもたちに囲まれ、その存在が人々に無視されているような出で立ちで歩いていた。

解説

バガヴァーンという言葉は、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーのような、主の偉大な献身者たちと結びつけて使われることがあります。解放されたそのような魂たちは、物質界で何が起ころうと頓着しません。献身奉仕から得られる最高の結果で満たされているからです。先に説明したように、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーは正式に精神指導者を受け入れたことも、正式な浄化儀式を受けたこともありません。父、ヴィヤーサデーヴァから『シュリーマド・バーガヴァタム』を聞いたことで、おのずと父が精神指導者になりました。その過程を通し、完全に自己の内で満たされた境地に入りました。何か特定の方法に従っていたわけではありません。完璧な解放にたどり着こうとする人々には特定の方法が必要になりますが、シュリー・シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーは父の恩恵を授かったことで、すでにその境地に入っていました。若い男性として、適切な衣服を着るべきところですが、社会の風習には全く関心がなく、裸でさまよっていました。一般大衆に無視され、狂人のようにさまよう彼を、好奇心旺盛な子どもや女性たちが囲んで一緒に歩くのです。こうして気の向くままにさまよっていた果てに、この場に現れたのです。偉大な聖者たちは、マハーラージャ・パリークシットの質問に対して、何をすべきかという結論には至っていなかったようです。精神的解放に関しては、さまざまな人物が多種多様な処方を説いています。しかしやはり、人生の究極目標は、主への献身奉仕という最高完成の境地にたどり着くことです。医者によって対応が違うように、聖者たちにもさまざまな処方箋がありました。そのような状況に登場したのが、ヴィヤーサデーヴァの有力な息子だったのです。