シュリーマド・バーガヴァタム 1.19.13

rājovāca
aho vayaṁ dhanyatamā nṛpāṇāṁ
mahattamānugrahaṇīya-śīlāḥ
rājñāṁ kulaṁ brāhmaṇa-pāda-śaucād
dūrād visṛṣṭaṁ bata garhya-karma

訳語

翻訳

幸運な王が言った。「まさに私たちは、偉大な魂たちから恩恵を授かる教育を受けた王たちのなかでも特に感謝の念に打たれている王です。一般的に、あなたがた(聖者)は、王族とは拒否されるべきもの、そして遠くに避けるべきものと考えておられます」

解説

宗教原則によると、糞、尿、洗い水などは遠くに避けておくべきもの、とされています。屋内の風呂場、小便器などは、現代文化ではとても便利な設備とされているかもしれませんが、実は居住区から遠くに設置されていなければなりません。その同じ例が、神の元に帰ろうと励んでいる人々と王族階級との関係で述べられています。主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは、金中心の人間、あるいは王族との親密なつながりを持つことは、神の元に帰る望みを持つ者には自殺より忌まわしいものである、とおっしゃいました。これは言い換えると、超越主義者は、神の創造物という表面的な美しさに完全に心奪われている人々とは関わらないということです。精神的かつ高尚な知識を備える超越主義者は、美しく見えるこの物質界が、真実の世界、すなわち神の王国の影にすぎないことをよく知っています。ですから彼らは、王室の富やその類いの財宝に魅了されません。しかしマハーラージャ・パリークシットの場合は事情が違います。一見したところ、王は未熟なブラーフマナの少年に呪われはしましたが、実は主の元に帰って来るよう主に呼ばれていたのです。だから、マハーラージャ・パリークシットが死ぬまで絶食するから、と集まって来た他の超越主義者、偉大な聖者、神秘主義者たちは、神の元に戻って行く王を見たくてたまらなかったのです。マハーラージャ・パリークシットは、自分の先祖のパーンダヴァ兄弟が主に献身奉仕をしていたからこそ、集まって来た偉大な聖者全員がパーンダヴァ兄弟に対して親切だったことを理解しました。ですから王は自分の生涯の終わりに、この場に居合わせてくれた聖者たちに深く感謝していましたし、それは自分の先祖や祖父たちの偉大さゆえのことであると感じていました。だから、自分がそのような偉大な献身者たちの子孫であることを誇らしく思っていたのです。主の献身者が感じるそのような誇りは、間違いなく、物質的な繁栄に対する思い上がった虚栄心と同じではありません。前者は真実である一方、後者は偽物、あるいは虚栄心です。