シュリーマド・バーガヴァタム 1.18.8
節
kiṁ nu bāleṣu śūreṇa
kalinā dhīra-bhīruṇā
apramattaḥ pramatteṣu
yo vṛko nṛṣu vartate
kalinā dhīra-bhīruṇā
apramattaḥ pramatteṣu
yo vṛko nṛṣu vartate
訳語
kim—~であるもの; nu—~かもしれない; bāleṣu—知性に欠ける者たちの間で; śūreṇa—力強い者によって; kalinā—カリの権化によって; dhīra—自己抑制; bhīruṇā—~を恐れる者によって; apramattaḥ—注意深い者; pramatteṣu—不注意な者たちの間で; yaḥ—~である者; vṛkaḥ—虎; nṛṣu—人間の間で; vartate—存在する。
翻訳
知性のない者にとってカリの権化は強力だと感じるだろうが、自己を抑制する者たちにとっては恐れるものなど何もない、とマハーラージャ・パリークシットは考えていた。パリークシット王は虎のように強く、そして愚か者や軽率な者たちを気遣っていたのである。
解説
主の献身者でない人々は軽率で知性がありません。真に知的でなければ主の献身者になることはできないのです。主の献身者でなければ、カリの行動の餌食になります。マハーラージャ・パリークシットが従った行動様式、すなわち一般人に主の献身奉仕を広める思いがなければ、社会に健全な環境を作ることはできません。