シュリーマド・バーガヴァタム 1.11.15
節
dvāri dvāri gṛhāṇāṁ ca
dadhy-akṣata-phalekṣubhiḥ
alaṅkṛtāṁ pūrṇa-kumbhair
balibhir dhūpa-dīpakaiḥ
dadhy-akṣata-phalekṣubhiḥ
alaṅkṛtāṁ pūrṇa-kumbhair
balibhir dhūpa-dīpakaiḥ
訳語
dvāri dvāri — 各家屋の扉; gṛhāṇām — 全ての居住家屋の; ca — そして; dadhi — 凝乳; akṣata — 壊れていない; phala — 果物; ikṣubhiḥ — サトウキビ; alaṅkṛtām — 飾られて; pūrṇa-kumbhaiḥ — 満杯の水差し; balibhiḥ — 崇拝のための道具と共に; dhūpa — お香; dīpakaiḥ — ランプとろうそく。
翻訳
各住宅の扉の前には、凝乳、形のよい果物、サトウキビ、崇拝用の満杯の水差し、お香やろうそくといった吉兆な品々が置かれていた。
解説
ヴェーダの儀式に則った歓待の方法は決して形式的なものではありません。上記のように道路をただ飾るだけではなく、各人が用意できるだけのお香、ランプ、花、お菓子、果物など必要な品々を用いて主を崇拝することで、主を出迎えました。全てが主に捧げられ、その食べ物の残りは、集まった住民たちの間で分けられました。現代に見られるような味気ない歓迎ではなかったのです。どの家も同じ方法で主を迎える準備をしており、そのため道路沿いの家に住む人々もその食べ物の残りを住民たちと分かちあい、こうして祭典は滞りなく終わりました。食べ物を配ってこそ儀式が完全になるのであり、またそれがヴェーダ文化のしきたりです。