シュリーマド・バーガヴァタム 2.10.23
節
vastuno mṛdu-kāṭhinya-
laghu-gurv-oṣṇa-śītatām
jighṛkṣatas tvaṅ nirbhinnā
tasyāṁ roma-mahī-ruhāḥ
tatra cāntar bahir vātas
tvacā labdha-guṇo vṛtaḥ
laghu-gurv-oṣṇa-śītatām
jighṛkṣatas tvaṅ nirbhinnā
tasyāṁ roma-mahī-ruhāḥ
tatra cāntar bahir vātas
tvacā labdha-guṇo vṛtaḥ
訳語
vastunaḥ — あらゆる物質の; mṛdu — 柔らかさ; kāṭhinya — 硬さ; laghu — 軽さ; guru — 重さ; oṣṇa — 暖かさ; śītatām — 冷たさ; jighṛkṣataḥ — 知覚することを望んで; tvak — 感触; nirbhinnā — 分布した; tasyām — 皮膚に; roma — 体毛; mahī-ruhāḥ —木々、つまり支配する神々もまた; tatra — そこ; ca — 〜もまた; antaḥ — 内; bahiḥ — 外; vātaḥ tvacā — 触覚、または肌; labdha — 知覚されて; guṇaḥ — 知覚の対象物; vṛtaḥ — 発せられた
翻訳
柔らかさ、硬さ、暖かさ、冷たさ、軽さ、重さなどの物質の持つ物理的な性質を知覚する望みが現れた時、感覚の遠因、皮膚、毛穴、体毛、そしてそれらを司る神々(木々)が生まれた。皮膚の内側と外側には、知覚が顕著となる空気の覆いがある。
解説
柔らかさといった物質の持つ物理的な性質は知覚の対象であり、そのため物理的な知識を得るためには、触覚が重要な役割を果たします。人は手で触れて物質の温度を計ったり、物を手で持ち上げることで重さを測ったりすることができ、そしてそのようにして重さや軽さを予測します。皮膚、毛穴、体毛はどれも、触覚と相互依存しています。皮膚の内側と外側に吹いている空気も感覚認識の対象です。この感覚認識も知識の源であり、したがって、ここでは物理的な知識や生理学的な知識が、上述の至高なる自己に関する知識に従属していることを示唆しています。至高なる存在に関する知識は現象に関する知識へと発展することはありますが、物理的な知識が至高者に関する知識へと導くことはありません。
しかし、体毛と地球の表面に生えている植物には密接な関係があります。第3編で述べられるように、野菜は食べ物や薬として、肌の栄養になります:tvacam asya vinirbhinnāṁ viviśur dhiṣṇyam oṣadhīḥ