シュリーマド・バーガヴァタム 1.9.47

tuṣṭuvur munayo hṛṣṭāḥ
kṛṣṇaṁ tad-guhya-nāmabhiḥ
tatas te kṛṣṇa-hṛdayāḥ
svāśramān prayayuḥ punaḥ

訳語

翻訳

偉大な聖者たちが秘奥なヴェーダ聖歌を唱え、その場にいた主シュリー・クリシュナをこぞって讃えた。やがて聖者たちは、常に心に主クリシュナを思いつつ、それぞれのすみかに戻っていった。

解説

主の献身者はいつも主の心の中にいて、主も常に献身者の心の中にいらっしゃいます。それが主と献身者の甘い関係です。献身者は汚れのない愛情で奉仕をしているため、その心にはいつも主が住み、主もまた、何をすることも何かを熱望することもありませんが、献身者が幸福になれるようにと忙しくしておられます。自然の法則は普通の生命体の活動と反動を作るためにありますが、主は、献身者たちが正しい道を進むよういつも気遣っています。ですから、彼らは主に直接守られているのです。そして主もまた、唯一献身者からのお世話を受け入れてくださいます。ヴィヤーサデーヴァを筆頭とする聖者たちは献身者であったため、その場にいた主を喜ばせようと、葬儀が終わった後、ヴェーダの聖歌を唱えたのでした。ヴェーダ聖歌は主クリシュナを喜ばせるためにあります。このことは『バガヴァッド・ギーター』(15-15)でも確証されています。全てのヴェーダ、ウパニシャッド、ヴェーダーンタは、主を悟るためだけにあり、全ての聖歌は主だけを讃えるためにあります。そのため聖者たちは、その目的にふさわしく振る舞い、心から満足してそれぞれの住処に戻って行ったのでした。