シュリーマド・バーガヴァタム 1.9.31

viśuddhayā dhāraṇayā hatāśubhas
tad-īkṣayaivāśu gatā-yudha-śramaḥ
nivṛtta-sarvendriya-vṛtti-vibhramas
tuṣṭāva janyaṁ visṛjañ janārdanam

訳語

翻訳

ビーシュマデーヴァは、一点の曇りもない瞑想で主シュリー・クリシュナを見つめながら、一切の不吉な物事から解放され、突き刺さった矢による激痛も感じなくなった。こうして、感覚の動きは全て停止し、物質の体を去るその時、全生命体の支配者に向かって崇高な祈りを捧げた。

解説

物質の体は物質エネルギーから与えられたものであり、的確に言えば幻想です。その体と自分を同じものと思ってしまうのは、主との永遠の絆を忘れた結果です。純粋な献身者であるビーシュマデーヴァの場合、この幻想は主がその場に現れた時点ですぐに取り除かれました。主クリシュナは太陽のようであり、幻想または外的な物質エネルギーは暗闇のようなものです。太陽が輝くところに暗闇は居続けることができません。ですから、主クリシュナが到着したその時、物質的な汚れは完全に消え去り、ビーシュマデーヴァは物体に備わる不純な感覚の活動を停止させ、超越的な境地に置かれました。魂は本来純粋で、感覚も純粋です。感覚は物質の汚れのために不完全で不純な機能を果たすようになります。至高で純粋な方、主クリシュナとの絆をよみがえらせることで、感覚は再びその汚れから解放されます。ビーシュマデーヴァは、主がその場にいたことから、肉体を離れる前にその超越的な境地に入っていました。主は全生命体の支配者であり、また恩人です。それがヴェーダの見解です。主は全てにおける永遠なる生命体のなかで、至高の永遠性、そして至高の生命体です※。そして主だけが、生命体に必要なもの全てを供給することができます。こうして主は、次の節の通りに祈った偉大な献身者ビーシュマデーヴァの超越的な望みを叶えたのでした。

(※脚注)nityo nityānāṃ cetanaś cetanānām
eko bahūnāṃ yo vidadhāti kāmān
『カタ・ウパニシャッド』