シュリーマド・バーガヴァタム 1.18.31
節
eṣa kiṁ nibhṛtāśeṣa-
karaṇo mīlitekṣaṇaḥ
mṛṣā-samādhir āhosvit
kiṁ nu syāt kṣatra-bandhubhiḥ
karaṇo mīlitekṣaṇaḥ
mṛṣā-samādhir āhosvit
kiṁ nu syāt kṣatra-bandhubhiḥ
訳語
eṣaḥ—これ; kim—~かどうか; nibhṛta-aśeṣa—瞑想の雰囲気; karaṇaḥ—感覚; mīlita—閉じて; īkṣaṇaḥ—目; mṛṣā—偽の; samādhiḥ—法悦境; āho—留まる; svit—もしそうであれば; kim—どちらか; nu—しかし; syāt—おそらく; kṣatra-bandhubhiḥ—身分の低いクシャトリヤによって。
翻訳
王は宮殿に戻る道すがら、その日の出来事に思いを巡らせていた。はたしてあの聖者は目を閉じて感覚を集中させ、本当に深い瞑想に入っていたのだろうか、もしや、自分より身分の低いクシャトリヤである私を迎えるのを避けようと、恍惚の境地に入っているふりをしていたのではないだろうか、と。
解説
パリークシット王は主の献身者でしたから、自分があのような行為に及んだことに納得がいかず、聖者が本当に恍惚の境地にあったのかどうか、あるいは国王という自分よりも身分の低いクシャトリヤを迎えたくなかったものだから、そのふりをしていたのではないか、と考えました。心優しい人が悪いことをすると、すぐにその心に後悔の念が湧き起こります。シュリーラ・ヴィシュヴァナータ・チャクラヴァルティー・タークラとシュリーラ・ジーヴァ・ゴースヴァーミーは、パリークシット王の行為が過去の過ちによるものとは思っていません。彼をふるさとへ、神の元に呼び戻すための計らいだったのですから。
シュリーラ・ヴィシュヴァナータ・チャクラヴァルティーは、これこそ主のご意志で立てられた計画であり、そのご意志ゆえに失望の状況が整えられたと解釈しています。見た目には間違ったことをした王が、カリに影響された未熟なブラーフマナの少年に呪われ、そのために暖かい家庭から永遠に去っていく計画だったのです。彼のシュリーラ・シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーとの関係が、主の書物としての化身でもある、偉大なる『シュリーマド・バーガヴァタム』の出現を可能にしました。書物としての主の化身が、ヴラジャブーミにおける崇高な牛飼いの乙女たちとのラーサ・リーラのような超越的な遊戯について、私たちを魅了させる情報を提供してくれます。主が繰り広げたこの神々しい遊戯には特別な重要性があります。なぜなら、主のこの遊戯を正しく学んだ人は俗な性欲をきっぱりと捨て、主への崇高な献身奉仕の道を進んでいくからです。純粋な献身者が世俗への失望を感じるのは、その献身者がより高い超越的な境地に高められるためです。従兄弟たちの悪巧みを通してアルジュナとパーンダヴァ兄弟を失望させ、クルクシェートラの戦いのきっかけを作ったのは他ならぬ主です。『バガヴァッド・ギーター』という主の音の権化を化身させるためだったのです。同じように、パリークシット王がこのような厳しい状況に陥るという舞台が作られたことで、『シュリーマド・バーガヴァタム』という化身が主のご意志によって示されたのでした。飢えと渇きに苦しめられたのは見せかけにすぎません。王は母親の胎内でそれよりはるかにつらい思いに耐えています。アシュヴァッターマーが放ったブラフマーストラの灼熱の光に少しも乱されなかったのですから。王が体験した苦境は、確かに前例のないものでした。マハーラージャ・パリークシットほどの献身者は、そのような苦しみに耐える力を備えていますし、主の意志ゆえに、決して乱されることはありません。ですからこの一連の出来事は、主によって準備された計画だったのです。