シュリーマド・バーガヴァタム 1.18.14

ko nāma tṛpyed rasavit kathāyāṁ
mahattamaikānta-parāyaṇasya
nāntaṁ guṇānām aguṇasya jagmur
yogeśvarā ye bhava-pādma-mukhyāḥ

訳語

翻訳

人格神、主クリシュナ(ゴーヴィンダ)は、全ての生命体にとって唯一の保護者であり、その超越的な特質は、主シヴァや主ブラフマーのような神秘的力の主でさえ推し量ることはできません。甘露(ラサ)を巧みに味わえる者が、主にまつわる話題を聴いて完全満足し尽くしてしまう、ということがあり得るでしょうか。

解説

主シヴァと主ブラフマーは神々たちのなかでも主要な存在であり、神秘的な力を多分に備えています。例えば主シヴァは毒の海を飲み干しましたが、その毒は普通の生命体が一滴でも飲めばすぐに命を落とすほどでした。同じようにブラフマーは、主シヴァを含む力強い神々たちを創造するほどの力を備えています。ですからふたりはイーシュヴァラ、宇宙の主人と呼ぶこともできるでしょう。しかしそれでも、それが最上級の力というわけではありません。最も力強い方はゴーヴィンダ、主クリシュナです。主は超越性そのものであり、その超越的特質はシヴァやブラフマーといった力強いイーシュヴァラにも推し量ることができません。だからこそ主クリシュナは、最も偉大な生命体たちにとっての唯一の保護者なのです。ブラフマーも生命体のひとりとして数えられていますが、それでも私たち生命体のなかでも最も偉大な存在です。ではなぜ、全生命体のなかで最も偉大な者が主クリシュナの超越的な話題にそれほど魅了されるのでしょうか。主が全ての喜びの源だからです。誰もが、何をするにしても何かの喜びを味わいたいと思っていますが、主に超越的な愛情奉仕をしている人はそのような奉仕から尽きることのない喜びを味わうことができます。主は無限のお方であり、主の名前、特質、崇高な遊戯、身の回りの物事、多様性など、全てが無限であり、それを味わうことのできる人たちは無限の喜びを味わうのですが、その喜びに上限はありません。この事実は『パドマ・プラーナ』で確証されています。
ramante yogino ’nante
satyānanda-cid-ātmani
iti rāma-padenāsau
paraṁ brahmābhidhīyate
「神秘主義者は絶対真理者から無限の超越的喜びを味わっており、そのことから、至高の絶対真理者、人格神はまたラーマという名前で呼ばれている」
そのような超越的な話題は尽きることがありません。俗な物事には飽きるという法則がありますが、超越的物事に関しては飽きるという感情は起こりません。スータ・ゴースヴァーミーはナイミシャーラニャの聖者たちに向かって主クリシュナの話題を語り続けたいと思い、聖者たちも彼から話を喜んで聞き続ける思いを告げました。主は超越的で、その特質も超越的ですから、主にまつわる話題は、純粋な聴衆の聴きたいという思いをさらに強めてくれます。