シュリーマド・バーガヴァタム 1.16.8
節
na kaścin mriyate tāvad
yāvad āsta ihāntakaḥ
etad-arthaṁ hi bhagavān
āhūtaḥ paramarṣibhiḥ
aho nṛ-loke pīyeta
hari-līlāmṛtaṁ vacaḥ
yāvad āsta ihāntakaḥ
etad-arthaṁ hi bhagavān
āhūtaḥ paramarṣibhiḥ
aho nṛ-loke pīyeta
hari-līlāmṛtaṁ vacaḥ
訳語
na—~ではない; kaścit—誰でも; mriyate—死ぬだろう; tāvat—非常に長い; yāvat—~である限り; āste—居る; iha—この中に; antakaḥ—生涯を終わらせる者; etat—これ; artham—理由; hi—確かに; bhagavān—主の代表者; āhūtaḥ—招かれた; parama-ṛṣibhiḥ—偉大な聖者たちによって; aho—ああ; nṛ-loke—人間社会で; pīyeta—彼らに飲ませよう; hari-līlā—主の超越的な遊戯; amṛtam—永遠な命への甘露; vacaḥ—物語。
翻訳
全ての生命体に死をもたらすヤマラージャがここにいる限り、誰も死にません。偉大な聖者たちは、主の代表者である、死の支配者ヤマラージャを招きました。ヤマラージャの手の内に命を握られている生命体たちは、主の超越的な遊戯という姿をとった不死の甘露を聞き、この機会を活用しなくてはなりません。
解説
人間なら誰でも死にたいとは思いませんが、その死を止める方法を知りません。死を避ける最も確かな方法は、『シュリーマド・バーガヴァタム』の本文の中に秩序立てて語られており、それは主の甘露に満ちた遊戯についていつも聞く習慣を身に着けることにあります。ですからこの節では、死から解放されたいと望む全ての人間は、シャウナカを筆頭とするリシたちが勧めているように、この生涯を活用しなくてはなりません。