シュリーマド・バーガヴァタム 1.15.32

niśamya bhagavan-mārgaṁ
saṁsthāṁ yadu-kulasya ca
svaḥ-pathāya matiṁ cakre
nibhṛtātmā yudhiṣṭhiraḥ

訳語

翻訳

主クリシュナが自分の住処に帰って行かれたこと、ヤドゥ家の地上での出現に終わりが来たことを聞いたマハーラージャ・ユディシュティラは、自らもふるさとへ、神のもとに帰る決意をした。

解説

主が地球の人々の視界から消えてしまったと聞き、マハーラージャ・ユディシュティラも、『バガヴァッド・ギーター』の教えに思いを没頭させました。そして主がどのように現れ、そして去って行ったかについて深く思いを寄せました。この物質宇宙における主の降誕と他界の使命は、全て主の至高のご意志で行われています。生命体は自然界の法則によって強制的に現れたり消えたりするのですが、主は自分より高い力によって現れたり消えたりすることを強いられているのではありません。主が望むときにはいつでも、ほかのどの場所にいても、どこからでも現れることができます。主は太陽のようなお方です。太陽は独自に現れたり消えたりしますが、それでいて別の場所からいなくなるわけでもありません。朝、太陽がインド上空に現れても、同時に西半球から消えたわけでもありません。太陽は太陽系のどこにでも存在していますが、ある特定の場所で朝に現れ、また夕方には決まった時間に消えます。太陽でさえ私たちの時間の観念に縛られることなく動くのですから、太陽の創造者、そして支配者である至高主が時間の制約を受けないのは当然です。ですから『バガヴァッド・ギーター』では、主の想像を絶するエネルギーによる超越的な降誕と消滅を正しく理解する者は、誕生と死の法則から解放され、ヴァイクンタ惑星がある永遠の精神界に入って行くと言われています。そのように解放された人々はそこで誕生、死、老い、病気の苦しみを味わうことなく永遠に生きることができます。精神界には老いも病気もありませんから、主も、そして主に超越的な愛情奉仕をしている魂たちも永遠に若々しいのです。死がなければ、誕生もありません。主の降誕と他界を正しく理解しさえすれば、永遠なる生活という完璧な境地に到達できる、これが結論です。ですから、マハーラージャ・ユディシュティラも、神のもとに帰っていくことを思い始めました。主は地球に、あるいはこの物質界のどこかに、主と永遠に住む交流者と共に現れ、そして主の崇高な遊戯を支えていたヤドゥ家の人々も、主の永遠の交流者であるように、マハーラージャ・ユディシュティラ、その兄弟や母親たちも、同じ永遠の交流者です。主と主の永遠の交流者の降誕と他界は超越的ですから、私たちは、外見上の現れと消滅に惑わされてはなりません。