シュリーマド・バーガヴァタム 1.13.24
節
agnir nisṛṣṭo dattaś ca
garo dārāś ca dūṣitāḥ
hṛtaṁ kṣetraṁ dhanaṁ yeṣāṁ
tad-dattair asubhiḥ kiyat
garo dārāś ca dūṣitāḥ
hṛtaṁ kṣetraṁ dhanaṁ yeṣāṁ
tad-dattair asubhiḥ kiyat
訳語
agniḥ—火; nisṛṣṭaḥ—付けた; dattaḥ—与えられた; ca—そして; garaḥ—毒; dārāḥ—結婚した妻; ca—そして; dūṣitāḥ—侮辱した; hṛtam—強奪した; kṣetram—王国; dhanam—富; yeṣām—彼らのもの; tat—彼らの; dattaiḥ—~に与えられた; asubhiḥ—暮らしている; kiyat—不必要である。
翻訳
放火や毒で殺そうとした相手の恩情にすがって生きるという、落ちぶれた生活をする必要がどこにあるのでしょうか。またあなたは、彼らの妻を侮辱し、彼らの王国や富を強奪したのです。
解説
ヴァルナーシュラマ宗教の制度は、生活の一部を、完全な自己の悟りと人間生活における解放達成のために使うよう用意されています。それが定められた生活区分ですが、ドリタラーシュトラのような人々は、見る影もない老年期に及んでも、敵の恩情を受けながら落ちぶれた生活をしてでも家庭にとどまりたいと考えます。ヴィドゥラはそのことを指摘し、惨めに慈善を受け入れるよりも、息子たちのように死んだほうがましだと強調しました。5千年前にはひとりのドリタラーシュトラが生きていました。ところが今ではどの家にもドリタラーシュトラがいます。特に政治家は、無慈悲な死や敵対する政治勢力に殺されたり引きずり下ろされたりしなければ、政治活動から身を引こうとしません。人間の生活において、最後の最後まで家庭生活にしがみついているのは、最もひどく堕落しているということであり、ヴィドゥラのような人々がドリタラーシュトラのような人々に教えを授けるのは、現代においても必要なことなのです。