シュリーマド・バーガヴァタム 1.10.24
節
sa vā ayaṁ sakhy anugīta-sat-katho
vedeṣu guhyeṣu ca guhya-vādibhiḥ
ya eka īśo jagad-ātma-līlayā
sṛjaty avaty atti na tatra sajjate
vedeṣu guhyeṣu ca guhya-vādibhiḥ
ya eka īśo jagad-ātma-līlayā
sṛjaty avaty atti na tatra sajjate
訳語
saḥ — 主; vai — もまた; ayam — この; sakhi — 友よ; anugīta — 述べられて; sat-kathaḥ — 優れた遊戯; vedeṣu — ヴェーダ経典の中で; guhyeṣu — 秘奥; ca — もまた; guhya-vādibhiḥ — 親密な献身者たちによって; yaḥ — ~である者; ekaḥ — ひとりだけ; īśaḥ — 至高の支配者; jagat — 完全な創造の; ātma — 至高の魂; līlayā — 崇高な遊戯の表れによって; sṛjati — 創造する; avati atti — 維持と破壊も; na — 決して~ない; tatra — そこ; sajjate — それに執着するようになる。
翻訳
ああ、親愛なる友人たちよ。この方が人格神であり、その魅力的で奥深い遊戯は、偉大な献身者たちによってヴェーダ経典の秘奥な部分で述べられています。主だけが物質界を創造し、維持し、破壊し、また同時にその行為には全く影響されません。
解説
『バガヴァッド・ギーター』で述べられているように、全てのヴェーダ経典は主シュリー・クリシュナの偉大さを讃えています。バーガヴァタムでも同じように確証されています。ヴェーダは、偉大な献身者や主の化身のヴィヤーサ、ナーラダ、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミー、クマーラ、カピラ、プラフラーダ、ジャナカ、バリ、ヤマラージャなどによって数多くの支流ができていますが、特に『シュリーマド・バーガヴァタム』では、主の活動の秘奥な部分が、親密な献身者であるシュカデーヴァ・ゴースヴァーミーによって説明されています。『ヴェーダンタ・スートラ』や『ウパニシャッド』には、主の遊戯の秘奥な部分については暗示されているだけです。『ウパニシャッド』のようなヴェーダ経典では、主が、主の存在に関する一般的な概念とは全く別のものだということが、はっきりと示されています。主の本来の姿は完全に精神的であり、主の姿、御名、質、主にまつわる物事は物質ではないことが詳細に説明されています。そのため主は知性に欠ける人々に姿のない存在として誤解されています。しかし実際は、主は至高の人物、バガヴァーンであり、部分的にパラマートマーや非人格的なブラフマンとして表されています。