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第29章
クリシュナに対する愛の表現(1)
圧倒的な恍惚愛を現す身体的兆候があり、それらはヴィヤビチャーリー・バーヴァと呼ばれています。ヴィヤビチャーリー・バーヴァには、落胆、悲嘆、謙遜、罪責感、疲労、陶酔、自尊心、迷い、危惧、激しい感情、狂気、忘却、病気、狼狽、死、怠惰、不活発、恥じらい、隠れること、覚えていること、理屈、不安、思考力、忍耐力、幸福、熱意、暴力、傲慢さ、嫉妬、厚かましさ、めまい、眠気と覚醒という33の項目があります。
落胆
禁じられた事柄をやむを得ず行わなければならない時や、正当な事柄を行うことを禁じられた時、人はそれを悔しく思い、不名誉を感じます。そのようなとき、人は落胆を感じます。落胆したとき人は不安に満ち、涙を流し、肌の色は変わり、自分を卑下し、そして大きな溜息をつきます。
蛇カーリヤを懲らしめていらっしゃったとき、クリシュナがヤムナー川の毒水の中に溺れてしまったかのように思われました。するとナンダ・マハーラージャは、「ヤショーダーよ、クリシュナが川に深く溺れてしまったぞ。もはや今となっては罪に汚れた私たちの体など守る必要はない。ヤムナー川の毒水に入って、私たちの罪悪を償おう」とヤショーダー・デーヴィーに語っています。これは、極めて大きな衝撃的出来事に献身者が大きな落胆を感じた例です。
クリシュナがヴリンダーヴァナを出発したとき、主の親友スバラもヴリンダーヴァナを出ていこうと決心しました。ヴリンダーヴァナを後にしながら、スバラはクリシュナがいなくてはヴリンダーヴァナにはもはや何の喜びもないと考えていました。蜜を失った花から蜂が去って行くように、ヴリンダーヴァナにもはや超越的な楽しみが失われたことを知ると、スバラはヴリンダーヴァナを出てしまいました。
『ダーナ・ケーリ・カサッティヤバーマーウムディー』で、シュリーマティー・ラーダーラーニーは、「クリシュナがどんなに素敵なことをしたのか聞けないんだったら、もう耳が聞こえなくなってしまったほうがいいわ。今、私はクリシュナが見えないの。だから目が見えなくなってしまいたいわ」と友人に語っています。これもまたクリシュナからの離別による落胆の例です。
『ハリ・ヴァンシャ』で、ドヴァーラカーでのクリシュナの妃のひとりであるサッティヤバーマーは、「愛しのクリシュナ、あなたの前でナーラダがルクミニーのことを褒めていらしたそうね。だったら私が自分のことなんて何も話す必要はありませんわね」と夫のクリシュナに語っています。これは嫉妬による落胆の例です。ルクミニーとサッティヤバーマーはともにクリシュナの妃でした。そのため彼女たちふたりの間には自然に女性的な嫉妬心が生まれたのです。ですからサッティヤバーマーはルクミニーが褒められるのを聞き、嫉妬のために落胆したのです。
『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編51章47節では、「親愛なるクリシュナ、私自身が物質概念にあまりにも縛られているので、物質存在に束縛されているのはほかの人たちだけだとは私には決して言えません。私は、家族や家、妻や富、土地や王国のことをいつも心配し過ぎています。あまりにも物質的な雰囲気に惑わされているために、私の人生は台無しになってしまったのではないでしょうか」という記述があります。これは悲嘆のための落胆の例です。
バラタ・ムニは、この落胆は不吉な状態であると説明しています。しかし、落胆は中立関係の雰囲気のものであり、恍惚愛を保たせるものであると受け入れている偉大な学者もいます。
悲嘆
人生の目的を達成できないとき、現在行っていることを完了できないとき、不運な状況にあるとき、罪悪感を感じているとき、人は悲嘆の状態にあると言われます。
この悲嘆の状態では、不審感を持つ、思いに耽る、涙を流す、後悔する、大きな溜息をするなどの兆候が現れます。そして肌の色は変化し、口が乾燥します。
ある年老いた献身者が、「親愛なるクリシュナよ、悪魔アガを滅ぼされたお方よ、老年のために私の体は不自由になってしまいました。上手に話せませんし、声は震え、知性も力も失われ、しばしば忘却に襲われることもございます。主よ、あなたはまさに月光のようなお方です。あなたの快い輝きの味わいを知らないために、私は自分のクリシュナ意識を育てることができません。そのことがただ悔やまれます」と主に語りかけたことがあります。これは人生の目的を達成できないために悲嘆している例です。
またある献身者は、たった今、花園からさまざまな花を摘んでいる夢を見ていたところでした。花輪を作ってクリシュナに捧げようとしていたのですが、なんとしたことでしょう。つれないことに突然夢から覚めてしまいました。私は望みを果たせなかったのです」と語っています。これは、目的を達成できなかったために悲嘆している例です。
ナンダ・マハーラージャはクリシュナがカンサの供犠祭の場で当惑しているのを見て、「残念だ。息子を部屋に残して鍵をしておかなかったとは。不運にも私は息子をマトゥラーに連れて来てしまい、息子が巨象クヴァラヤに捕らわれてしまった。月食で月が欠けていくように、クリシュナが危ない」と語っています。これは自分の不運を悲嘆している例です。
『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編14章9節でブラフマーは、「我が主よ、私はなんという無礼者でしょう。あなたは根源のバガヴァーンであり、スーパーソウルでいらっしゃいます。最も完全な幻想エネルギーは、あなたによって支配されています。私はなんという無礼者でしょう。自分の力であなたの地位を奪おうとしていました。私は自分の取るに足らない力に傲慢になっておりました。ちょうど火の粉が火に対して何もできないように、私の幻想エネルギーはあなたの優れた幻想エネルギーを抑えることができませんでした。今や自分が最も取るに足らない存在であることを悟りました。私が最も役に立たない者であることがわかりました」と語っています。これは侮辱を犯したために悲嘆している例です。
謙遜
悩み、恐怖、侮辱的な態度のために自分を弱く感じることが謙遜と呼ばれます。そのような謙虚な状態で、人はおしゃべりになり、気が弱くなり、汚い考えを持ち、そして不安に満ち、活発さを失います。
『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編51章57節で、王ムチュクンダは、「我が主よ、過去の悪業のために私はいつも苦しみ悩んでいます。常に欲望に苦しめられているのですが、それでも私の感覚は物質的快楽を飽くことなく求めています。しかし悲嘆、恐怖、死から常に解放されているあなたの蓮華の御足に、あなたの慈悲によって、私は保護を求めましたので、今は平安な気分です。至高の保護者よ、至高の魂よ、至高の支配者よ、どうか私をお守り下さい。私は苦悩に沈んでいます」と語っています。ムチュクンダのこの言葉は、物質存在の極めて悲惨な状態のために謙虚な状態になっている例です。
ウッタラーはアシュヴァッターマーのブラフマーストラに襲われたとき、お腹の中にいた胎児、マハーラージャ・パリークシットか死んでしまうのではないかと恐れました。彼女はすぐにクリシュナに服従し、「我が主よ、私がアシュヴァッターマーのブラフマーストラに殺されてもかまいません。でもどうかこの子だけはお救い下さい」と語りました。これは恐怖のために謙虚な状態になっている例です。
『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編14章10節で、主ブラフマーは、「誤つことのなきお方よ、激情の様式の中に生を受けた私は、自分がこの物質界の創造者であるという誤った誇りを持っていました。私の誤った自尊心はまさに漆黒の闇のようで、その闇のために私は盲目になっていました。そのため、私はバガヴァーンであるあなたを競争相手と誤解しておりました。しかし我が主よ、たとえ人々が私を物質界の創造者であると認めようとも、私はあなたの永遠の召使でございます。ですので、どうか常に私に憐れみをお持ち下さい。どうか私をお許し下さい」と語っています。このブラフマーの言葉は侮辱を犯したために謙虚になっている例です。
恥じらいのために謙虚になる場合もあります。例えば、川で沐浴していたゴーピーたちの服をクリシュナが盗まれたとき、彼女たちは、そんなことをしないようにクリシュナに願いました。ゴーピーたちは、「愛しいクリシュナ、あなたはナンダ・マハーラージャの息子で、ヴリンダーヴァナの誰もがあなたを愛しているわ。私たちも、あなたのことが好きよ。どうしてそんな意地悪をするの。服をすぐに返してちょうだい。ずっと冷たい川の中にいて、私たち凍えそうなの」と主に語りかけています。クリシュナの前に裸でいるという恥じらいのために、彼女たちは謙虚な状態になっているのです。
罪責感
不正な行動をした自分自身を咎める感情は罪責感と呼ばれます。
ある日ラーダーラーニーがクリシュナのためにヨーグルトを作っていました。そのとき彼女の手首を飾る宝石のバングルは軽やかに揺れ、彼女はまたクリシュナの聖なる御名を唱えていました。すると突然「クリシュナの聖なる御名を唱えていたこと、目上の人たち、義理のお母さんや義理のお姉さんに気づかれたかしら」と彼女は不安になりました。そのように思って、ラーダーラーニーは不安でいたたまれなくなりました。これはクリシュナへの献身のために罪責感を感じている例です。
ある日、美しい目をしたシュリーマティー・ラーダーラーニーがクリシュナの花輪を作るため花を摘みに森に入って行きました。花を摘んでいると、彼女は誰かに見られているかもしれないという不安に襲われ、その気苦労で気弱になりました。これはクリシュナのために働くことによって、罪責感を感じている例です。
『ラサ・スダーカラ』には、クリシュナとともに夜を過ごした後、ラーダーラーニーが、気弱になってベッドから起き上がれなくなったことが記述されています。クリシュナが彼女を助け起こすと、ラーダーラーニーはクリシュナと夜を過ごしたために罪責感を感じました。
疲労
長距離の歩行、踊り、性的行為の後、人は疲労を感じます。このような疲労の状態では、めまい、発汗、手足が動かない、あくび、大きな溜め息などの兆候が現れます。
ある日ヤショーダーは、いたずらをしたクリシュナを叱るために、クリシュナを追い掛けていました。しばらくするとヤショーダーは大きな疲労を感じて、汗が流れ、髪が解けました。これは懸命に働くことによる疲労の例です。
何かの式祭の折りには、クリシュナの牛飼いの友人たちがバララーマとともに全員一緒になって踊ることがありました。そのようなとき彼らの首に掛かる花輪は揺れ動き、牛飼いの友人たちは汗を流しました。恍惚的な踊りのために彼らは汗をかきました。これは踊りによる疲労の例です。
ゴーピーたちが、クリシュナと一緒に踊ったり、抱き合ったり、キスしたりして、主と愛し合った後、ときには大きな疲労を感じたことが『シュリーマド・バーガヴァタ
ム』の第10編33章20節に記述されています。そのようなとき、クリシュナはいわれのない慈悲と憐れみの念から、蓮華の手を彼女たちの顔に置きました。これはラーサ・ダンスに耽ることによる疲労の例です。
ム』の第10編33章20節に記述されています。そのようなとき、クリシュナはいわれのない慈悲と憐れみの念から、蓮華の手を彼女たちの顔に置きました。これはラーサ・ダンスに耽ることによる疲労の例です。
陶酔
陶酔物を取ったときや物質的欲望のために誤った名誉心で傲慢になったとき、人は舌が回らなくなり、目は腫れ、体は赤く染まります。主バララーマ(※)があまりに蜜を飲み過ぎて酔ったために、「お前たち蟻の王者よ、どうして穴に隠れているのだ」と蟻たちに語り掛けられたことが『ラリタ・マーダヴァ』に記述されています。そして主バララーマは天界の王に、「王インドラよ、お前はシャチーの遊び道具だ。なぜ笑うのか。全宇宙を叩き壊してやるぞ。俺が何をしても、クリシュナは俺には腹を立てないのだ」とおっしゃいました。そして主バララーマはクリシュナに、「おおクリシュナよ、なぜ全世界が震えているのだ、なぜ月が細長くなってしまったのだ、教えてくれ。お前たちヤドゥ王朝の王たちよ、なぜ私を笑うのだ。カダンバの蜜酒を私に返してくれ」と語っていらっしゃいます。あたかも酔っぱらいのようにお話しになった主バララーマが私たち全員に満足して下さるようにと、シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーは主バララーマに祈りを捧げています。
* 主バラデーヴァ(バララーマ)はクリシュナの兄で、バガヴァーンの拡張体です。
ですからバララーマは、『シュリーマド・バーガヴァタム』で説明されているように、神の化身とみなされています。
ですからバララーマは、『シュリーマド・バーガヴァタム』で説明されているように、神の化身とみなされています。
このように酔ってバララーマは疲れを感じ、休むために体を横にされました。一般に、高貴な人が陶酔を感じたときは横になり、凡人が陶酔したときには笑い歌います。そして低級な人たちは低俗なことを語り、泣くこともあります。そのような陶酔はさまざまな年齢や心情に応じてさまざまな現れ方をするのですが、シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーはそれ以上の議論は必要性がないため語っていません。
シュリー・ラーダーラーニーがクリシュナを見た後に陶酔の兆候を表したことも記述されています。彼女はあたりを徘徊し、ときには笑いました。顔を手で覆うこともあり、また全く意味のない言葉を話すこともあり、友人のゴーピーに祈ることもありました。これらの兆候がラーダーラーニーに表れているのを見ると、「自分の前にクリシュナがいるのを見て、ほらラーダーラーニーが酔ってしまったわ」とゴーピーたちは話し合いました。
自尊心
過度の富、比類のない美しさ、第一級の住居、理想の目的の達成の結果として、自尊心という形で恍惚愛が現れる場合もあります。ほかの人をかまわず無視する人は自尊心が高い人と考えられます。
ビルヴァマンガラ・タークラは、「親愛なるクリシュナよ、あなたは私から無理矢理に離れて去っていこうとしていらっしゃいますね。しかしあなたの力に私が感銘するのはあなたが私のハートから無理矢理にお出になられたときだけでございます」と語っています。これはクリシュナへの恍惚愛のために自尊心が高まっている例です。
ある日ラーサ・ダンスの途中、ラーダーラーニーがその場を離れたことがありました。クリシュナが彼女を探しに行ったとき、ラーダーラーニーの親友は、「愛しいクリシュナ、あなたは私たちのシュリー・ラーダーラーニーの姿に仕えてきたわ。そして今ほかのゴーピーたちみんなのところから離れて、ラーダーラーニーを探しに行くわ。あなた、ラーダーラーニーに何をしてほしいの」とクリシュナに語りました。これは比類のない美しさによる自尊心の例です。
ときにはラーダーラーニーが自分自身に誇りを感じて、「牛飼いの少年たちが素敵な花輪をクリシュナのために作ったとしても、私がクリシュナに花輪をあげると、とても驚いて私の花輪をすぐに受け取って、胸に掛けるのよ」と語ることもありました。
また主ブラフマーも『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編2章33節で、「我が親愛なるマドゥスーダナよ、あなたの純粋な献身者たちはあなたとの恍惚的な友情を実際に感じています。ですから純粋な献身者が敵に滅ぼされることは決してありません。彼らは自分がいつもあなたに保護されていることを知っています。ですから、彼らは敵の頭の上を全く気にせず跨いでいくことができるのです」と語っています。つまり、主の蓮華の御足に完全な保護を求めた人は全ての敵を征服できることを常に誇りに思っているのです。
マトゥラーに住んでいたある織工は、「親愛なるヴリンダーヴァナの王よ、あなたがお授け下さる慈悲を私は誇りに思っております。ですから多くの偉大な聖者たちが深い瞑想を行って探し求めるというヴァイクンタの主の慈悲ですら、私には取るに足らないものとなりました」と主に語りました。つまりヨーギーや偉大な聖者たちは座ってヴァイクンタにいらっしゃる主ヴィシュヌを瞑想しているのですが、クリシュナの献身者は自尊心が大きく、そのような瞑想もさほど価値あるものとは思わないのです。
迷い
主ブラフマーはクリシュナから牛や牛飼いの少年たちを全て奪い去った後、その場を去ろうとしていました。しかし自分がしていることに突然迷いを感じ、主ブラフマーは8つの目で4方を見渡し始めました。主ブラフマーは4つの顔を持っているので、目が合計8つあります。これは盗みによって迷いの中で恍惚愛を感じている例です。
同様に、ただクリシュナを喜ばせるためだけに、アクルーラは、無限の量の黄金を生み出すことのできるシャマンタカ・マニという名の宝石を盗みましたが、その後、自らの盗みを悔い改めました。これは、盗みという行為によって生じた疑念の中に現れた、クリシュナに対する恍惚とした愛の、もう一つの例です。
天界の王インドラは、ヴラジャの地に豪雨を降らせていたときに、クリシュナの蓮華の御足に服従するように忠告されました。するとインドラは迷いのためにとても暗い顔つきになりました。
危惧
空に稲妻を見て心が乱されたとき、獰猛な動物を見たとき、また荒れ狂う轟音を聞いたときの心の状態は危惧と呼ばれています。そのような危惧を感じているとき、人は安全を与えてくれるものに保護を求めようとし、また体の毛が逆立ち、体が震え、ときには何かの失敗をすることもあり、また体が茫然となることもあります。
『パデャーヴァリー』に、「親しき友よ、悪魔どもの支配者、王カンサの支配の下、マトゥラーの悪魔的な者どもの中にクリシュナの住まいがあるのです。そのことを思えば私は心配でなりません」という記述があります。これは、クリシュナへの恍惚愛の中でクリシュナに何かの危険が切迫していることに危惧を感じている例です。
ヴリシャースラが雄牛の姿を取ってヴリンダーヴァナに現れたとき、ゴーピーたちは大きな恐怖に襲われました。そのように心が乱されて、彼女たちはタマーラの木を抱き締めました。これは獰猛な動物を恐れて、恍惚愛の中でクリシュナを思いながら保護を求めている例です。
ヴリンダーヴァナの森にジャッカルの鳴き声がこだますると、ヤショーダーはクリシュナがジャッカルに襲われないように、注意深くクリシュナを守りました。これは、大きな音による恐怖の中でクリシュナに恍惚愛を感じている例です。この種の恐怖は、恐れを実際に感じている状態とは少し異なります。人が何か恐怖を感じているとき、過去と未来を思うことはできますが、この種の恍惚的不安を感じているときは過去と未来を考えることが全く不可能になります。
ヴリンダーヴァナの森にジャッカルの鳴き声がこだますると、ヤショーダーはクリシュナがジャッカルに襲われないように、注意深くクリシュナを守りました。これは、大きな音による恐怖の中でクリシュナに恍惚愛を感じている例です。この種の恐怖は、恐れを実際に感じている状態とは少し異なります。人が何か恐怖を感じているとき、過去と未来を思うことはできますが、この種の恍惚的不安を感じているときは過去と未来を考えることが全く不可能になります。
激しい感情
非常に親愛なもの、非常に嫌悪するもの、火、強風、豪雨、自然災害、大きな象や敵などを見ることによって、激しい感情が起こります。親愛なものを見て激しい感情が起きたとき、人は饒舌になり、優しい言葉使いをするようになります。嫌悪するものを見て感情が起こったとき、人は大きな叫び声を上げます。火を見て感情が起きたとき、人は逃げようとします。また体が、目が閉じられ、両目に涙が溢れることもあります。強い風により興奮したとき、人は素早く逃げようとし、両目を擦ります。雨のために興奮したとき、人は傘を取り出し、体を緊張させます。突然の混乱のために感情が起きたとき、人は顔の色を失い、驚きに打たれ、体を震わせます。象を見て興奮したとき、人は飛び上がり、さまざまな恐怖の様子を現し、自分の背後を振り返ります。敵の出現によって感情が起きたとき、人は必殺の武器を探し、また逃げようとします。
クリシュナがヴリンダーヴァナの森から戻ると、ヤショーダーは自分の息子クリシュナを見て、感極まって胸から乳が滴りました。これは親愛なものを見たことによる感情の例です。
『シュリーマド・バーガヴァタム』の第10編23章18節でシュカデーヴァ・ゴースヴァーミーは王パリークシットに、「親愛なる王よ、ブラーフマナの妻たちは、クリシュナを讃えることに大きな魅力を感じていた。彼女たちは主に会う機会を熱望していた。そのために、クリシュナが近くにいるということを聞くや、主に会いたい気持ちを抑えきれず、彼女たちはすぐに家を出た」と語っています。これは最愛の人が現れたために起こった感情の例です。
魔女プータナーがクリシュナに生気を吸われて殺されたとき、ヤショーダーは驚異に打たれ、「何?これは!いったい!」と興奮して叫び始めました。自分の愛する赤ん坊のクリシュナが魔女の死体の胸の上で遊んでいるのを見ると、ヤショーダーはどうすればよいのか全くわからなくなってしまい、あたりを歩き回るばかりでした。これは恐ろしいものを見たために興奮している例です。
クリシュナが二本のアルジュナの樹を根こそぎにされたとき、ヤショーダーはその樹が倒れる音を聞いて興奮してしまい、どうすればよいのかわからなくなり、ただ上を見上げるばかりでした。これは荒々しい音を聞いたことによる感情の例です。
ヴリンダーヴァナの森で火事が起こったとき、牛飼いたちは集まって、死にもの狂いになってクリシュナに保護を求めました。これは火事によって感情が起きた例です。
竜巻の悪魔トリナーヴァルタがクリシュナを地面から吹き上げたことがありました。クリシュナは、大木とともに竜巻に巻き上げられてしまいました。そのときヤショーダーは自分の息子を見失って動転し、ただ周囲を歩き回るだけでした。これは強風のために感情が起きた例です。
『シュリーマド・バーガヴァタム』の第10編25章11節では、インドラがヴリンダーヴァナに豪雨を降らせたことが述べられています。暴風雨に攻められた牛や牛飼いの少年たちは、集まってクリシュナの蓮華の御足に保護を求めました。これは豪雨によって感情が起きた例です。
クリシュナがヴリンダーヴァナの森にいらっしゃったとき、ひょうがすさまじい勢いで降り始めたことがありました。「クリシュナ、じっとしていなさい。お前より年上で強い人も動けないんだ。お前は小さな子どもだ、じっとしていなさい!」と年上の人々はクリシュナに命じました。これは激しく降るひょうに感情が起こされた例です。
ヤムナー川の毒水の中で、クリシュナがカーリヤを懲らしめていらっしゃったとき、ヤショーダーは興奮して、「ああ、地球が揺れているみたいよ!地母神さまが恐れているみたいだわ。空には涙が飛び交ってるわ!私の可愛い子がヤムナー川の毒水の中に入ってしまった。私、いったいどうしたらいいの」と話し始めました。これは自然災害のために感情が動いた例です。
カンサの供犠祭の場で巨象がクリシュナを襲ったとき、そこに居合わせた女性たちは口をそろえて、「すぐにここを出ていって。お願い、ここを出ていって!大きな象があなたに襲いかかっているのよ。見えないの。あなたが無邪気に象を見ているので、私たちいてもたってもいられないわ!」と主に叫びました。するとクリシュナはヤショーダーに、「お母さん、象が土煙を上げて突進して来て、蓮華の目をしたここにいる女性たちの視界が遮られたからといって取り乱さないでね。悪魔ケーシーが僕の前に来たってかまわないよ。僕が勝つんだから。だからそんなにあわてないで」と話しました。
『ラリタ・マーダヴァ』では、ヤショーダーの友人が彼女に、「本当に驚いたわね、大きな丘のように強い悪魔シャンカチューダがあなたのキューピッドのようなきれいな息子を襲ったあのとき、ヴリンダーヴァナには助けられる人が誰もいなかったでしょう。でもあなたの小さな息子がシャンカチューダを殺したわ。あなたが過去生で大変な苦行をしたから、あなたの息子が救われたんじゃないかしら」と語ったことが記述されています。
また『ラリタ・マーダヴァ』には、クリシュナがルクミニーの豪華な結婚式で彼女を誘拐されたことも説明されています。そのときその場にいた王子たちは、「我々には象、馬、馬車、弓矢、剣がある。クリシュナなど恐るるに足らぬ。あいつを攻撃しよう。牛飼いの少年が色気づいたにすぎぬ!我々の王妃をこんなふうに連れ去ることなどさせないぞ。一同力を合わせて、あいつを襲え」と互いに叫び合いました。これは敵が出現したときに現れる感情の例です。
シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーはこれまでに挙げた例によってクリシュナとの関係の上では、非人格主義は全くの問題外であることを証明しようとしています。クリシュナとの関係上では、全ての人格的な活動が存在し得るのです。
狂気
シュリーラ・ビルヴァマンガラ・タークラは著書の中で、「シュリマーティー・ラーダーラーニーはクリシュナに完全に身を捧げていらっしゃるお方です。彼女に全世界を浄化して頂きましょう。ラーダーラーニーはクリシュナに恍惚愛を持っていて、時には気が迷ったかのように、空っぽの鍋の中でヨーグルトを攪拌しようとしました。クリシュナはこれをご覧になって、ラーダーラーニーに魅了され、雄牛の乳を搾ろうとされました」と祈っています。これらはラーダーとクリシュナの愛に関する狂気、錯乱の例です。『シュリーマド・バーガヴァタム』には、クリシュナがヤムナー川の毒水にお入りになると、シュリーマティー・ヤショーダーは錯乱してしまったことが記述されています。彼女は薬草を探す代わりに、混乱してしまって蛇の操り師と勘違いして木に話し掛けました。彼女は両手を合わせて木にお辞儀をしながら、「この毒水でクリシュナが死にそうになっています。何か良い薬草はありませんか」と木に尋ねました。これは大きな危険のために錯乱している例です。
恍惚愛のために献身者が狂気の状態になることが『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編30章4節に説明されています。その節では、ゴーピーたちがヴリンダーヴァナの森でクリシュナを探していることが記述されています。彼女たちはクリシュナの栄光を大声で歌いながら、森から森へと主を探してさまよい歩いていました。彼女たちはクリシュナがひとつの場所にいるのではなく、偏在していらっしゃることを知っていました。主は空にも、水の中にも、空気の中にもいらっしゃいます。そして全ての中にもスーパーソウルとしていらっしゃるのです。このようにして、ゴーピーたちはさまざまな木や植物にバガヴァーンのことを尋ねていました。これは献身者の側の恍惚愛の例です。
また、恍惚愛のためにさまざまな病気の兆候が現れることもあります。偉大な学者たちはこれをマハー・バーヴァであるとしています。この高い状態もまたディヴィヨーンマーダすなわち超越的狂気と呼ばれています。
忘却
クリシュナがヴリンダーヴァナを離れ、マトゥラーに滞在していらっしゃったとき、ヴラジャの女王、ヤショーダーが主との離別感に苦しみ、海辺に見られるような泡を口から吹いているとの知らせをシュリーマティー・ラーダーラーニーが主に送ったことがありました。ヤショーダーは大海の波のように両腕を挙げることもありました。離別感に苛まれて地面を転げ回り、その音があたり一面に響き渡ることもありました。またときには穏やかな海のように完全に黙り込むこともありました。クリシュナとの離別感によるこれらの兆候は、アパスマーラすなわち忘却と呼ばれます。恍惚愛の中でこれらの兆候を全て現すとき、人は完全に自分の立場を忘れてしまいます。
クリシュナがカンサを殺した後で、カンサの悪魔の仲間のひとりが狂ってしまったという知らせがクリシュナのもとに届けられたことがありました。この悪魔は口に泡を吹き、両腕を波のように振り、地面を転げ回っていました。これらの悪魔的なふるまいは、クリシュナとの関係上において、嫌悪感によるユーモアとして現わされました。このような芳潤さ、香りはクリシュナとの間接的関係のひとつです。クリシュナとの関係においては5種類の関係があります。これらの関係は直接的関係と呼ばれています。その他の7種の関係は間接的関係と呼ばれています。カンサがクリシュナに殺されたと聞いてこれらの兆候が現れたので、この悪魔はクリシュナと何らかの関係を持っていたと考えられます。シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーはこの種の兆候にも超越的な卓越性があると語っています。
病気
クリシュナがヴリンダーヴァナを離れ、マトゥラーに滞在していらっしゃったときに、主の友人たちは、「クリシュナ。君との別れで、ヴリンダーヴァナの人たちは、苦しんで、苦しんで、まるで病気みたいだよ。体は熱っぽくて、まともに歩くこともできないよ。人たちはただ地面に倒れて、虫の息だよ」と主に伝えました。
『シュリーマド・バーガヴァタム』第10編12章44節で、マハーラージャ・パリークシットは主アナンタについて質問をしています。この質問を聞いたシュカデーヴァ・ゴースヴァーミーは虚脱症状を現しましたが、彼はその症状に耐えながらパリークシット王の質問に優しい声で答えました。この虚脱症状は恍惚的な喜びによって起こされた熱病の状態であると記述されています。
主が幼少時代の遊戯を繰り広げていらっしゃったときから何年も経過した後に、ヴラジャのゴーピーたちがクルクシェートラの聖地でクリシュナに再会したことが『シュリーマド・バーガヴァタム』に記述されています。聖地クルクシェートラで彼女たちが主と再会したときに日食が起こったので、彼女たちは気を失いました。呼吸や瞬き、その他の動作が停止してしまい、彼女たちはまるで人形のようにクリシュナの前にただ立ち尽くすばかりでした。これは溢れるばかりの超越的喜びに原因する病的症状の例です。