バガヴァッド・ギーター あるがままの詩 3.7
節
yas tv indriyāṇi manasā
niyamyārabhate ’rjuna
karmendriyaiḥ karma-yogam
asaktaḥ sa viśiṣyate
niyamyārabhate ’rjuna
karmendriyaiḥ karma-yogam
asaktaḥ sa viśiṣyate
訳語
yaḥ — (~である)者 tu — しかし indriyāṇi — 感覚 manasā — 心で niyamya — 規定して ārabhate — 始める arjuna — アルジュナよ karma-indriyaiḥ — 活動的な感覚器官によって karma-yogam — 献身 asaktaḥ — 執着することなく saḥ — 彼 viśiṣyate — はるかに優れている
翻訳
一方、荒れ狂う感覚を心で抑え、執着を捨て
カルマ・ヨーガ(クリシュナ意識)を始める誠実な者は
はるかに優れた人物である。
カルマ・ヨーガ(クリシュナ意識)を始める誠実な者は
はるかに優れた人物である。
解説
みだらな生活や快楽を求めて偽物の超越主義者になるより、自分のやるべきことをやりながら、物質の束縛から自由になって神の王国に入るという人生の目的に向かって歩むほうが、ずっと良い。最も重要なスヴァールタ・ガティ、すなわち自己が本当に関心を寄せている目的は、ヴィシュヌに到達することである。ヴァルナとアーシュラマの制度は、私たちが人生の目的地に到達しやすくするために設けられている。クリシュナ意識で規則正しく奉仕を行えば、家庭を持つ者もこの目的地に達することができる。人はシャーストラに定められているように生活を管理し、執着せずに自分がやるべき仕事をやり続けることによって、自己の悟りに向かって進歩できるのである。この方法に従う誠実な人は、無知な大衆をたぶらかそうとしてキレイな飾り瓶を並べたてる詐欺師よりはるかに善良であり、まじめに道を掃く掃除人のほうが生計を立てるために瞑想のふりをする人間よりずっと優れているのである。