シュリーマド・バーガヴァタム 2.1.3
節
nidrayā hriyate naktaṁ
vyavāyena ca vā vayaḥ
divā cārthehayā rājan
kuṭumba-bharaṇena vā
vyavāyena ca vā vayaḥ
divā cārthehayā rājan
kuṭumba-bharaṇena vā
訳語
nidrayā—眠ることで; hriyate—無駄にする; naktam—夜; vyavāyena—セックスにふけること; ca—もまた; vā—どちらも; vayaḥ—寿命; divā—日々; ca—そして; artha—経済; īhayā—発達; rājan—王よ; kuṭumba—家族達; bharaṇena—維持している; vā—どちらも。
翻訳
そのような妬み深い世帯者の生活は、夜は眠ること、またはセックスに溺れることに、そして昼はお金を稼ぐか、家族を維持することに費やされる。
解説
現在の人間文化は、夜は眠ることとセックスにふけること、日中はお金を稼ぎ、家族の維持のためにそのお金を使うということで成り立っています。そのような文化はバーガヴァタの学派によって非難されています。
人間生活は物質と精神が組み合わさったものであり、ヴェーダ知識は全て、精神魂を物質の穢れから解放させることに向けられています。これに関連する知識をアートマ・タットヴァと言います。あまりにも物質主義的な人々はこの知識を知らず、物質的な楽しみを味わうための経済発展に心を向けています。そのような物質主義的な人々をカルミー、すなわち結果にこだわる労働者といい、彼らには、規制内での経済発展、あるいは性的快楽のための女性との交わりが許されています。一方で、カルミーを超えた人々、すなわちジュニャーニー、ヨーギー、献身者たちが性的快楽を追求することは厳しく禁じられています。カルミーはおおよその場合、アートマ・タットヴァを知らないため、彼らの生活は精神的な利益をもたらすことなく費やされます。人間生活は経済発展のための重労働、あるいは犬や豚のようにセックスにふけるために用意されたのではありません。物質的な生活、そしてそのために生じる苦しみという問題を解決させるためにあるのです。しかしカルミーたちは、夜は眠り、セックスにおぼれることで、また昼は財産を貯めるための重労働に励むことで貴重な人生を無駄にし、そうすることで物質主義的な生活をよりよいものにしようとしています。物質主義的な生き方がここで要約され、そして愚かな人々が人間生活という恩恵をどのように無駄にしているかが、次のように説明されていきます。