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序章

神の概念と絶対真理における概念は同等ではありません。『シュリーマド・バーガヴァタム』の内容は絶対真理に焦点を当てています。神の概念というのは支配者を指しますが、絶対真理の概念は至高善、つまりあらゆるエネルギーの究極の源を指します。支配者としての神の人格的な様相に関して、異なる意見などありません。なぜなら支配者が非人格的であることなどあり得ないからです。もちろん現代の政府、特に民主的な政府はある程度非人格的ですが、最終的に最高責任者は人間であり、政府の非人格的な要素は人格的な要素に従属しています。ですから他者への支配を指す際、人格的な様相の存在を認めざるを得ません。またそれぞれの役職には異なる支配者がいるため、多くの小さな神々もいるでしょう。『バガヴァッド・ギーター 』によると、並外れて特別な力を持つ支配者はヴィブーティマト・サットヴァ、つまり主によって力を授けられた支配者、と呼ばれます。数多くのヴィブーティマト・サットヴァ、さまざまな特別な力を持つ支配者や神が存在しますが、絶対真理は唯一無二です。『シュリーマド・バーガヴァタム』は絶対真理、または至高善をパラン・サッティヤムと呼んでいます。
『シュリーマド・バーガヴァタム』の著者、シュリーラ・ヴィヤーサデーヴァはまず、パラン・サッティヤム(絶対真理)に尊敬の礼を捧げています。なぜならパラン・サッティヤムがあらゆるエネルギーの究極の源であり、パラン・サッティヤムが至高なるお方だからです。神々や支配者にももちろん人格があるのですが、神々はパラン・サッティヤムから支配力を得ているのであり、そのパラン・サッティヤムは至高なるお方なのです。イーシュヴァラ(支配者)というサンスクリットの言葉は神の意味を表していますが、至高なるお方はパラメーシュヴァラ、または至高なるイーシュヴァラと呼ばれています。至高なるお方、パラメーシュヴァラは至高なる意識を持つ人格であり、他の源から力を得る必要がないため、完全に独立したお方です。ヴェーダ文献でブラフマーは至高の神、またはインドラ、チャンドラ、ヴァルナなど、他の神々の長として述べられていますが、『シュリーマド・バーガヴァタム』は力と知性において、ブラフマーでさえ独立した存在ではないと確証しています。彼はあらゆる生命体の心に宿る至高なるお方からヴェーダという形で知識を授かったのです。その至高人格は直接的にも間接的にも全てをご存知です。至高人格の一部分である個々の微小な存在は、自身の体や外的な要素に関することは全て、直接的、そして間接的に知っているかもしれませんが、至高人格は外的、内的な様相両方について、全てご存知です。
ジャンマーディ・アスャという言葉は、生産、維持、破壊の全ての源が、至高なる意思を持つそのお方と同じであるということを示唆しています。私たちの経験においても、不活性の物質からは何も生まれないが、生命体からは不活性の物質が生まれるということを知っています。例えば、生命体との接触によって、物質的な体は活動する機械へと発展していきます。知識の乏しい人々は肉体という機械を生命体と間違えますが、生命体が肉体という機械の基盤であるというのが事実です。生命が離れた瞬間、肉体という機械は無意味なものになります。同様に、あらゆる物質エネルギーの根源は至高なるお方です。この事実はあらゆるヴェーダ文献で述べられており、精神的科学を説く者は皆、この真実を受け入れています。その生命力はブラフマンと呼ばれ、偉大なアーチャーリヤ(教師)の一人、シュリーパーダ・シャンカラーチャーリヤはブラフマンが根源的実在であり、宇宙は表面的区分であると教えました。あらゆるエネルギーの根源は生命力であり、その生命力が至高のお方である、というのは論理的に認められることです。ですから主は過去、現在、未来、そして全ての物質的、精神的な現象の隅々まで把握していらっしゃいます。不完全な生命体は自身の体の中のことでさえ、何が起きているのか知りません。食事を取っても、その食べ物がどのようにしてエネルギーに変えられているのか、体を維持しているのかはわかりません。生命体が完全であれば、起きていること全てを把握しているはずで、そして至高なるお方は、全く完璧なお方であるため、全てを詳細にご存知なのは当然のことです。ですから『シュリーマド・バーガヴァタム』で完璧な人格はヴァースデーヴァ、つまり完全なる意識であらゆる場所に宿り、完全なるエネルギーを完璧に備えた者、と呼ばれています。これらの事柄については『シュリーマド・バーガヴァタム』で明確に説明されており、読者にじっくり学ぶ機会が豊富に提供されています。
近代では主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブが、自ら模範を示すことで『シュリーマド・バーガヴァタム』を教示なさいました。シュリー・チャイタニヤのいわれなき慈悲によって、より簡単に『シュリーマド・バーガヴァタム』の主題に入っていくことができます。ゆえに『シュリーマド・バーガヴァタム』の真価を理解出来るよう、ここではシュリー・チャイタニヤの人生と教えに関する略歴が掲載されています。
『シュリーマド・バーガヴァタム』はバーガヴァタムである人物から学ぶことが必須です。バーガヴァタムである人物というのは、人生そのものにおいて『シュリーマド・バーガヴァタム』を実践する人物を指します。シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは絶対人格神であるため、バガヴァーンであり、なおかつ人物としてのバーガヴァタムであり、さらに音としてのバーガヴァタムでもあります。ゆえに主が示された『シュリーマド・バーガヴァタム』を学ぶための方法は、世界中の人々にとって実践的なものです。主の望みは、インドで生まれた人々が世界中のありとあらゆる場所で『シュリーマド・バーガヴァタム』を広めることでした。
『シュリーマド・バーガヴァタム』は絶対人格神、クリシュナに関する科学であり、そのお方については『バガヴァッド・ギーター 』で、予備的な知識を得ることができます。シュリー・チャタイニヤ・マハープラブは、クリシュナの科学(『シュリーマド・バーガヴァタム』と『バガヴァッド・ギーター 』)に精通している者は誰であっても、クリシュナの科学の権威ある布教者、解説者になれるとおっしゃいました。
世界中で苦しむ人々のため、人間社会にはクリシュナの科学が必要です。私たちはあらゆる国家の指導者たちが、自分たちのため、社会のため、そして世界中の人々の幸せのために、このクリシュナの科学を受け取ることを願っています。

『シュリーマド・バーガヴァタム』の布教者、主チャイタニヤの人生と教えに関する略歴

神の愛の偉大な主唱者であり、主の聖なる御名を集まって唱える唱名法の創始者である主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは、シャーカブダの1407年(キリスト教のカレンダーでは1486年の2月)のファールグニー・プールニマの夕べ、ベンガル地方のナヴァドヴィーパという都市のシュリー・マーヤープラの街に降誕されました。
博識なブラーフマナであった主の父親、シュリー・ジャガンナータ・ミシュラは学生の頃、シレット地方からナヴァドヴィーパを訪れました。なぜならその頃ナヴァドヴィーパは教育と文化の拠点とされていたからです。ナヴァドヴィーパの偉大で博識な学者であるシュリーラ・ニーラーンバラ・チャクラヴァルティの娘、シュリーマティ・シャチーデーヴィと結婚した後、彼はガンジスのほとりに居を構えました。
ジャガンナータ・ミシュラは妻のシュリーマティー・シャチーデーヴィーとの間に何人か娘を授かったのですが、ほとんどが幼くして命を失いました。彼らは、唯一生き残った息子たち、シュリー・ヴィシュヴァルーパとヴィシュヴァンバラに最後の愛情を注ぎました。ヴィシュヴァンバラと名付けられた10人目の最も幼い息子はやがて、ニマーイ・パンディタとして知られ、後に放棄階級を受け入れ、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブとして知られるようになりました。
主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは48年間、超越的な活動をお示しになった後、シャカブダの1455年、プリーでこの儚い世界を去りました。
最初の24年間、主は学生、そして世帯者としてナヴァドヴィーパに住んでおられました。最初の妻はシュリーマティー・ラクシュミープリヤーという名前で、主が家を離れていた時に、若くして亡くなりました。主が東ベンガルから戻られた際、母親にふたり目の妻をめとるよう頼まれ、主は承諾しました。主のふたり目の妻はシュリーマティー・ヴィシュヌプリヤー・デーヴィという名前で、彼女はわずか16歳の頃、主が24歳でサンニヤーサ階級を受け入れたため、生涯を通して主との離別に耐えました。
サンニヤーサ階級を受け入れた後、主は自身の母親であるシュリーマティ・シャチーデーヴィの要望にしたがってジャガンナータ・プリーを本拠地となさいました。主はプリーで24年間過ごされ、その内の6年間は常にインド中(特に南インド)を旅し、『シュリーマド・バーガヴァタム』を布教されました。
主チャイタニヤは『シュリーマド・バーガヴァタム』を布教するだけではなく、『バガヴァッド・ギーター』の教えを最も実践的な方法で広められました。『バガヴァッド・ギーター』で主シュリー・クリシュナは絶対人格神として描写されており、その偉大な超越的知識を有する書の中における最終的な教えとして、主は人々に、あらゆる様式の宗教活動を捨て、主(主シュリー・クリシュナ)のみを崇拝すべき主あるじとして受け入れなさい、と指示なさっています。そして主は自身の献身者は皆、あらゆる罪業から守られ、彼らの苦悩の種もなくなると保証なさっています。
残念ながら、主シュリー・クリシュナによる直々の指導と『バガヴァッド・ギーター』の教えがあるにもかかわらず、より知識の乏しい人々は主を歴史上の偉大な人物としか捉えておらず、根源の人格神として受け入れることができませんでした。そのような知識の乏しい人々は数多くの非献身者により誤って導かれてしまいます。ゆえに『バガヴァッド・ギーター』の教えは、偉大な学者たちにも間違って解釈されました。主シュリー・クリシュナが去られた後、多くの学者によって『バガヴァッド・ギーター』の何百もの解説が出回りましたが、どれもほとんどが自己利益のために書かれたものでした。
主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは主シュリー・クリシュナとまったくの同一人物です。しかし今回は、一般の人々そして宗教家や哲学者に、あらゆる原因の根源、原初の主であるシュリー・クリシュナの超越的な立場について教えるため、主の偉大な献身者として降誕されました。主の教えの真髄は、ヴラジャの王(ナンダ・マハーラージャ)の息子として、ヴラジャブーミ(ヴリンダーヴァナ)に現れた主シュリー・クリシュナは至高人格神であり、ゆえに全ての崇拝の対象であるということです。ヴリンダーヴァナ・ダーマは主と何の変わりもありません。なぜなら主の御名、名声、姿、主がお現れになる地は全て、絶対知識として主と同一だからです。ゆえにヴリンダーヴァナ・ダーマは主と同等の崇拝に値します。主への超越的な崇拝の最も崇高な形は、主への純粋な愛情としてヴラジャブーミーの乙女たちによって示され、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブはその方法を最も素晴らしい崇拝の方法として推奨なさっています。主は『シュリーマド・バーガヴァタ・プラーナ』を主の理解を得るための、欠点のない文献として受け入れており、あらゆる人間における人生の究極の目的は、プレーマ、つまり神の愛の段階に到達することだと説いています。
シュリーラ・ヴリンダーヴァナ・ダーサ・タークラ、シュリー・ローチャナ・ダーサ・タークラ、シュリーラ・クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴースヴァーミー、シュリー・カヴィカルナプーラ、シュリー・プラボーダーナンダ・サラスヴァティー、シュリー・ルーパ・ゴースヴァーミー、シュリー・サナータナ・ゴースヴァーミー、シュリー・ラグナータ・バッタ・ゴースヴァーミー、シュリー・ジーヴァ・ゴースヴァーミー、シュリー・ゴパーラ・バッタ・ゴースヴァーミー、シュリー・ラグナータ・ダーサ・ゴースヴァーミー、そして直近200年の近代で言えば、シュリー・ヴィシュヴァナータ・チャクラヴァルティー、シュリー・バラデーヴァ・ヴィデャーブーシャナ、シュリー・シャーマーナンダ・ゴースヴァーミー、シュリー・ナローッタマ・ダーサ・タークラ、シュリー・バクティヴィノーダ・タークラ、そして最後にバクティシッダーンタ・サラスヴァティー・タークラ(私たちの精神指導者)などの主チャイタニヤの献身者たち、そして他の幾多の偉大で著名な学者や主の献身者によって、主の人生や教えに関する大部の書籍や文献が書かれてきました。そのような文献は全てヴェーダ、プラーナ、ウパニシャッド、ラーマーヤナ、マハーバラタなどのシャーストラや、名高いアーチャーリヤたちによって認められた歴史書と確かな文献に基づいています。それらの構成は独特であり、提示方法において匹敵するものはなく、超越的な知識に溢れています。残念ながら世界の人々はこれらについてまだ知らないのですが、ほとんどがサンスクリット語やベンガル語で書かれたこれら文献が世の明るみに出て、有識者らに提示されれば、師弟継承上のアーチャーリャに認められていないさまざまな架空の方法で平和と繁栄を無駄に追い求めるこの不健全な世界に、インドの栄光と愛のメッセージが溢れ出ることになるでしょう。
主チャイタニヤの人生と教えに関するこの短い描写を読んだ者は、シュリーラ・ヴリンダーヴァナ・ダーサ・タークラ(『シュリー・チャイタニヤ・バーガヴァタ』)とシュリー・クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴースヴァーミー(『シュリー・チャイタニヤ・チャリタームリタ』)の書籍を読むことで恵みを受けることでしょう。主の若年期は『チャイタニヤ・バーガヴァタ』の著者によって、最も魅力的に表現されており、教えに関しては、『チャイタニヤ・チャリタームリタ』でより鮮明に説明されています。英語圏の人々は、私たちの『主チャイタニヤの教え』の中でこれらを読むことができます。
主の人生の初期は、当時医師であり主と同時代で主要な献身者であるシュリーラ・ムラーリ・グプタによって記録されました。そしてシュリー・チャイタニヤ・マハープラブの人生の後期は、プリーで主といつも一緒に過ごした主の個人的な秘書のシュリー・ダーモーダラ・ゴースヴァーミー、またはシュリーラ・スヴァルーパ・ダーモーダラによって記録されました。これらふたりの献身者が主の活動の出来事のほとんどを全て記録し、その後の主に関する上述の本は全て、シュリーラ・ダーモーダラ・ゴースヴァーミーとムラーリ・グプタのカダチャー(ノート)に基づいて書かれました。
主は1407年、シャカーブダのファールグニー・プールニマーの夜に降誕なさり、その夜は主のご意志によって月食が起こりました。月食の間、人々は浄化のためにガンジスや他の聖なる川で沐浴をし、ヴェーダのマントラを唱えるのがヒンドゥーの慣習でした。主チャイタニヤが月食の間に生まれた際、インド中にハレー クリシュナ・ハレー クリシュナ・クリシュナ クリシュナ・ハレー ハレー / ハレー ラーマ・ハレー ラーマ・ラーマ ラーマ・ハレー ハレーという聖なる音が響き渡っていました。主のこれら16の御名は様々なプラーナやウパニシャッドに述べられており、この時代におけるターラカ・ブラフマ・ナーマとされています。シャーストラでは侮辱を犯さずに行う主の御名の唱名は、堕落した魂を物質的な束縛から解放することができると述べられています。インド国内外では主の名前が無数に存在し、どれも至高人格神を指すため、全ては等しく素晴らしいものです。しかしこれら16の音節が特にこの時代で勧められているため、人々はそれを有効活用し、シャーストラ(啓示経典)の原則に従って成功を治めた偉大なアーチャーリヤたちの道に従うべきなのです。
主の降誕と月食が同時に起きたということが、主の独特な使命を示しました。その使命とはカリ(争い)の時代で、主の聖なる御名の唱名の大切さを布教することです。現代では些細なことでも争いが起き、ゆえにシャーストラはこの時代において悟りを得るための共通の土台として主の聖なる御名の唱名を勧めています。人々は各自の言語や美しい歌で主の栄光を称えるために共に集まることができ、それらが侮辱を犯さずに行われれば、参加者はより厳格な方法に従わずとも精神的な完成を徐々に達成していくこと間違いありません。そのような集まりでは、学識ある者も愚かな者も、裕福な者も貧しい者も、ヒンドゥー教徒もイスラム教徒も、英国人もインド人も、チャンダーラもブラーフマナも、皆が超越的な音を聞き、物質的な付き合いによる埃を心の鏡から綺麗に取り除くことができます。主の使命を確証するため、人類の普遍的な宗教の共通の土台として、世界中の人々が主の聖なる御名を受け入れるでしょう。言い換えれば、聖なる御名は、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブと共に降誕なさったのです。
主が母親の膝下にいる際、主を囲む女性たちが聖なる御名を唱えながら手を叩くと、主はすぐに泣き止みました。この不思議な出来事は、畏敬と尊敬の念を持って近所の人々によって目撃されました。時に若い女の子たちは主を泣かせては、聖なる御名を唱えて泣き止ませたりして楽しんでいました。ですから幼い頃から主は、聖なる御名の大切さを教えていたのです。小さい頃、主シュリー・チャイタニヤはニマーイとして知られていました。主は両親の家の庭に生えていたニンバの木の下で生まれたため、最愛の母親によってこの名前が与えられました。
生後6ヶ月、アンナ・プラーシャナ儀式で固形の食べ物が与えられた際、主はご自分の将来の活動について示唆されました。この儀式の際、子供に小銭と本を与え、その子の将来の傾向を見るのが慣習でした。主は片方には小銭を、もう片方には『シュリーマド・バーガヴァタム』が与えられましたが、主は小銭ではなく『バーガヴァタム』を選びました。
主がまだ庭で四つんばいをしていた頃のことです。ある日、蛇が目の前に現れ、主は蛇と遊び始めました。家の人々は皆、恐怖におののきましたが、少しすると蛇はその場を離れ、母親は、赤ちゃんをその場から連れて行きました。ある時、主の装飾品を盗みに来た泥棒に誘拐されたのですが、赤ちゃんを連れ去ろうと誰もいない場所を探しながら戸惑う泥棒の肩の上で、主はつかの間の旅を楽しんでいました。そうこうするうちに、さまよい歩いていた泥棒はジャガンナータ・ミシュラの家の前にたどり着いてしまい、捕まるのを恐れ、すぐさま赤ちゃんを下ろしました。もちろん不安に苛まれていた両親や親族は行方不明だった子供を見て喜びました。
ある時、巡礼中のブラーフマナがジャガンナータ・ミシュラの家に招かれていました。彼が至高主に食事を捧げていると、主が彼の前に現れ、用意された食事を口にしました。子供が触れてしまったため、食事を捧げることができなくなり、ブラーフマナは別の食事を用意しなくてはなりませんでした。すると次にも同じことが起き、3回目も同じこと起きたので、赤ちゃんは寝かしつけられました。家の人々がそれぞれの部屋で眠っていた深夜0時頃、巡礼中のブラーフマナは特別に用意した食事を神像に捧げたのですが、前と同じように赤ちゃんの姿の主が現れ、彼のお供物を台無しにしました。ブラーフマナはそこで泣き始めたのですが、家族は皆眠っていたため、誰にも泣き声が届きませんでした。この時、赤ちゃんの姿の主は幸運なブラーフマナの前に現れ、自分がクリシュナ自身であることを明かされました。ブラーフマナはこの一件の他言を禁じられ、赤ちゃんは母親の膝元に戻りました。
主の幼少時代には似たような出来事が他にもたくさんありました。いたずら好きな少年として、主は時々ガンジスで沐浴をしていた正統派のブラーフマナたちをからかいました。少年は学校に行く代わりに、ブラーフマナたちに水をかけていたずらをする、と彼らが主の父親に文句を言うと、あたかも学校からやってきたかのように、制服を着て、本を持った主が突如現れました。また主は沐浴用のガートで、よい人を夫にできるようにとシヴァを崇拝していた近所の少女たちをからかったりしました。このような崇拝はヒンドゥー教徒の家庭において、未婚の少女たちの間でよく行われていました。少女たちがそのような崇拝を行っている時、主はいたずらに彼女らの前に現れ、「妹たちよ、主シヴァのために持ってきた供物をどうか私にください」とおっしゃいました。「主シヴァは私の献身者で、パールヴァティーは私の召使です。私を崇拝すれば、主シヴァや他の神々はもっと喜ぶでしょう」ともおっしゃいました。彼女らのうちの何人かがいたずらな少年の命令に従うことを断ると、すでに7人の子どもを前妻との間にもうけた老人と結婚するよう君たちを呪ってやる、と主はおっしゃいました。恐れから、そして時に愛情から、少女たちは主に様々な品々を捧げたので、主は彼女たちがとても優れた若い夫と結婚し、たくさんの子供を産めることを保証し、恩恵をお授けになりました。その恩恵は少女たちを活気づけたのですが、それでも彼女らはこういった出来事を度々自身の母親たちに言いつけました。
このようにして、主は幼少期を過ごされました。わずか16歳の時、主は自身のチャトゥスパーティー(博識なブラーフマナによる村の学校)を始めました。この学校では、文法の読み解き方においても、ただクリシュナについてだけ説明されました。主を喜ばせるため、シュリーラ・ジーヴァ・ゴースヴァーミーは後にサンスクリット語の文法書をつくり、その中で文法の規則が全て、主の御名を使った例で説明されています。この文法書は今でも使われており、ハリ・ナーマームリタ・ヴィヤーカラナと呼ばれ、ベンガルの学校のシラバスで使用されています。
この頃、ケーシャヴァ・カーシミーリという名の、カシミール地方の偉大な学者がシャーストラに関する討論のため、ナヴァドヴィーパを訪れていました。そのカシミールのパンディタは討論に勝ち続けていた学者で、インド中の学習の場を旅していました。そしてついに、博識なパンディタらと討論するためナヴァドヴィーパにやってきました。ナヴァドヴィーパのパンディタたちはニマーイ・パンディタ(主チャイタニヤ)にカシミールのパンディタの相手をさせました。彼らはまだ少年であるニマーイ・パンディタが負ければ、自分たちも学者と討論する機会ができると考えていたのです。そしてもしカシミールのパンディタが負ければ、人々はナヴァドヴィーパの少年がインド中で連勝中の有名な学者を負かすことで、自分たちがより一層讃えられると目論んでいました。偶然にも、ニマーイ・パンディタがガンジスのほとりを歩いている際、ケーシャヴァ・カーシミーリに出会いました。主は彼にガンジスを讃えるサンスクリット語の詩を詩作するようお願いしたので、パンディタは短い時間で100のシュローカを詩作し、稲妻のような速さでそれらの節を唱え、自身の広大な学識の力を見せつけました。しかしニマーイ・パンディタは一瞬にして全てのシュローカをひとつも間違えることなく、記憶しました。そして64番目のシュローカを引用し、修辞的、文学的な間違いを指摘しました。主は特にパンディタの「バヴァーニー・バルトゥフ」という言葉の使い方を問い、この言葉は冗長であると指摘なさいました。バヴァーニーはシヴァの妻を指し、彼女のバルター、つまり夫である者は他にいるのかと。主はその他にもいくつかの矛盾点を指摘し、カシミールのパンディタは感嘆しました。ただ文法を学んでいるだけの生徒が、学識のある学者の文学的な間違いを指摘したことに彼は驚きました。この一件は公での集まりが行われる前に幕を閉じたのですが、一報は野火のようにナヴァドヴィーパ中に広まりました。しかし最終的に、ケーシャヴァ・カーシミーリは夢の中で学問の女神、サラスヴァティーに主へ服従するよう命じられ、その後カシミールのパンディタは主の従者になったのです。
主はその後盛大で華やかな結婚式を挙げ、その頃からナヴァドヴィーパで集団で行う主の御名の唱名を布教し始めました。ブラーフマナの中には主の人気を妬み、幾度も妨害する者もいました。彼らはとても妬み深かったため、最終的にナヴァドヴィーパのイスラム教の行政官に話を持ちかけました。その頃ベンガルはパサン族に統治されており、その州の知事はナヴァブ・フッサイン・シャハでした。ナヴァドヴィーパのイスラム政府はブラーフマナたちの苦情を真剣に受け取り、ニマーイ・パンディタの従者たちにハリの御名を大声で唱えないよう注意しました。しかし主チャイタニヤは従者たちにカジの命令に背くよう指示し、彼は普段通りにサンキールタナ(チャンティング)の祭りを続けました。行政官は次に警察官を送り込んでサンキールタナを妨げ、いくつかのムリダンガ(太鼓)を壊しました。ニマーイ・パンディタはこの一件を知ると、市民的不服従の運動を企画なさいました。主はインドにおいて、正しい目的のために行う市民的不服従運動の先駆者なのです。主は10万人の大衆を集め、彼らはムリダンガとカラターラ(シンバル)を数千個持ちながら、禁止の指示を出したカジに反抗するため、ナヴァドヴィーパの道路を行進しました。やがて行列がカジの家にたどり着くと、彼は大衆を恐れ2階へと逃げました。カジの家に集まった人たちは怒りをあらわにしましたが、主は彼らに穏やかでいるようお願いしました。その時、カジは下へ降り、主に向かって甥として話しかけることで、主をなだめようとしました。彼はニーランバラ・チャクラヴァルティが自分の叔父であり、ニマーイ・パンディタの母親、シュリーマティ・シャチーデーヴィーは自身のいとこの姉にあたると主張したのです。そしてカジは自分の妹の息子が母方の叔父に怒ることなどできるのか、と主に尋ねました。主はカジが自分の母方の叔父であるのだから、甥おいを快く家に招き入れるべきだとお答えになりました。このようにして騒ぎは静まり、博識な学者ふたりはコーランとヒンドゥのシャーストラについて長い議論を始めました。主は牛の殺害の問題を提起したので、カジはコーランを引用しながら適切に主に答えました。次にカジはヴェーダにおける牛のいけにえについて質問し、主はヴェーダで述べられているそのような儀式は実際に牛を殺すことにはならないとお答えになりました。そのような儀式では、年老いた牛はヴェーダのマントラの力によって、新しい、より若い命を手に入れるためにいけにえにされるのです。しかしカリ・ユガではそのような儀式を行うことのできる資格あるブラーフマナが存在しないため、牛のいけにえは禁じられています。実際、カリ・ユガではあらゆるヤジュニャ(儀式)が禁じられています。なぜならそれらは愚かな人々による無意味な試みだからです。カリ・ユガであらゆる実践的な目的のために唯一勧められているのが、サンキールタナ・ヤジュニャです。このように話しながら、主は最終的にカジを説得し、カジは主の従者となりました。カジは以後、主が始めたサンキールタナ運動を誰も妨げてはならないと布告し、子孫のためにもこの指令を遺書に残しました。カジの墓は今でもナヴァドヴィーパに残っており、ヒンドゥー教徒は敬意を表すためそこを訪れます。カジの子孫がそこに住んでいて、彼らはヒンドゥー教とイスラム教の間で暴動が起きていた間も、決してサンキールタナに反対することはありませんでした。
この一件は主がいわゆる臆病なヴァイシュナヴァではなかったことをはっきりと示しています。ヴァイシュナヴァは、主の大胆不敵な献身者であり、正しい目的のためであれば、どんな手段も用います。アルジュナも主クリシュナのヴァイシュナヴァ派の献身者であり、主に満足してもらうために勇敢に戦いました。同じく、ヴァジュラーンガジー、またはハヌマーンは主ラーマの献身者であり、献身者ではなかったラーヴァナの仲間たちに教訓を与えました。ヴァイシュナヴァの原則とは、あらゆる手段を用いて主に満足していただくことです。ヴァイシュナヴァはもともと非暴力的で、平和的な生命体であり、神の良い資質を全て兼ね備えていますが、献身者ではない者が主や主の献身者を侮辱した場合、ヴァイシュナヴァは決してそのような無礼を許しません。
この一件の後、主は御自身のバーガヴァタ・ダルマ、すなわちサンキールタナ運動の布教と普及を精力的に始め、ユガ・ダルマ、つまりこの時代においての義務の普及に立ちはだかった者は誰であっても、さまざまな種類の懲罰をもって、適宜罰せられました。主の母方の叔父でもあった、ブラーフマナの紳士であるチャーパラとゴーパーラという名のふたりは、罰としてハンセン病を患いましたが、後に悔い改めたので、主によって受け入れられました。ご自身の布教活動において、家々を回って『シュリーマド・バーガヴァタム』を人々に教えるために、布教活動の長のふたりであるシュリーラ・ニッティヤーナンダ・プラブとタークラ・ハリダーサを含む従者たち皆を、毎日送り出しておられました。ナヴァドヴィーパ一帯が主のサンキールタナ運動で活気づき、活動本部は主ご自身の主要な世帯者の弟子であるシュリーヴァサ・タークラとシュリー・アドヴァイタ・プラブの家に置かれました。このふたりは、ブラーフマナ社会における博識な統領で、主チャイタニヤの運動の最も熱心な支持者でした。シュリー・アドヴァイタ・プラブは主の降誕の直接の原因となった人物です。人間社会全体が物質活動であふれ、人類を物質存在の三重苦から救う唯一の方法である献身奉仕が欠けているのを目の当たりにしたアドヴァイタ・プラブは、疲弊した人間社会への無償の慈悲ゆえ、主の降誕を熱心に祈り、ガンジスの水と神聖なトゥラシーの木の葉で、主を継続的に崇拝しました。サンキールタナ運動における布教活動に関しては、皆が主の指示に応じて、自分の分担を担うことが求められていました。
ある時、ニッティヤーナンダ・プラブとシュリーラ・ハリダーサ・タークラが大通りを歩いていると、群衆が騒ぎ、人だかりになっているのを見かけました。ふたりは通りすがりの人に話を聞き、ジャガーイとマーダーイという名のふたりの兄弟が酔っ払った状態で暴れていることを知りました。また、彼らふたりは名誉あるブラーフマナの家族に生まれたのですが、低俗な付き合いによって、極悪非道な放蕩者ほうとうものになってしまったことも聞きました。彼らは酒飲みであるだけではなく、肉食、女たらし、盗みなどあらゆる種類の罪人でした。シュリーラ・ニッティヤーナンダ・プラブはこれらの話を聞き、このふたりの堕落した魂が真っ先に救われるべきだと判断なさいました。罪深い人生から彼らが解放されれば、主チャイタニヤの栄光がより一層讃えられるのではないかと考え、ニッティヤーナンダ・プラブとハリダーサは群衆を押し退け、兄弟ふたりに主ハリの聖なる御名を唱えるよう求めました。この懇願を聞いた酔っ払いの兄弟は激怒し、汚い言葉でニッティヤーナンダ・プラブを罵りました。兄弟はふたりをかなり遠くまで追いかけました。夕方、布教活動の結果が主に報告された際、主はニッティヤーナンダとハリダーサがそのように愚かな兄弟を救おうと試みたことを知って喜ばれました。
次の日、ニッティヤーナンダ・プラブは兄弟に会いに行き、彼らに近づいた瞬間、兄弟の一人が土鍋の破片を投げつけました。破片はニッティヤーナンダ・プラブの額に当たり、たちまち血が流れ始めました。しかしニッティヤーナンダ・プラブはとても心優しく、このような凶悪な行動に抗議するかわりに、「私に石を投げたことなど、とるに足らないことです。私はそれでもなお、主ハリの聖なる御名を唱えよ、とあなたに願い求めます」とおっしゃいました。
兄弟の一人、ジャガーイはニッティヤーナンダ・プラブのこのような振る舞いに驚き、すぐさま主ニッティヤーナンダの足元に平伏し、自分の罪深い兄弟を許すようお願いしました。マーダーイが再びニッティヤーナンダ・プラブを傷つけようとした時、ジャガーイは彼を止め、ニッティヤーナンダ・プラブの御足に平伏すよう懇願しました。その間、ニッティヤーナンダの怪我の一報が主に届き、燃え立つような怒りの様相でその場に駆けつけられました。主は罪人たちを殺すため、すぐさま自身のスダルシャナ・チャクラ(法輪の形をした主の究極の武器)を呼び起こしたのですが、ニッティヤーナンダ・プラブは主にご自身の使命を思い出させました。主の使命はカリ・ユガの絶望的に堕落した魂たちを救うことであり、ジャガーイとマーダーイはそのような堕落した魂の典型的な例だったのです。この時代の人々の90%は名高い生まれと世俗的な名誉があるにもかかわらず、この兄弟と何ら変わりません。啓示経典の見解によると、この時代に生きる全ての人たちが備えているのは、最も低いシュードラの質、またはそれより低い質なのです。ここで注意すべきことは、シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは生まれによる類型的なカースト制度を決して認めなかったことです。むしろ主は人のスヴァルーパ、つまり自己の本来の性質に応じてシャーストラの見解に厳格に従われていたということです。
主が自身のスダルシャナ・チャクラを呼び起こすと、シュリーラ・ニッティヤーナンダ・プラブがふたりの兄弟を許すよう主に哀願し、兄弟は主の蓮華の御足に平伏し、自分たちの下品な行動を許してほしいと主に懇願しました。反省している魂を受け入れるようニッティヤーナンダプラブに頼まれた主は、ひとつの条件をつけ、彼らを受け入れることを認めました。その条件とは、ふたりが今後一切の罪深い行動と道楽の習慣を捨てることでした。兄弟は条件を受け入れ、全ての罪深い習慣を捨てることを約束したため、心優しい主は彼らを受け入れました。その後、主がふたりの過去の過ちを指摘することはありませんでした。
これが主チャイタニヤの特別な優しさです。この時代、罪から解放されていると言える人など誰もいません。そんなことは、決して誰も言えないのです。しかし主チャイタニヤは、人が真正な精神指導者に精神的な入門を授かったあと、罪深い習慣に耽らないと約束することを条件に、あらゆる種類の罪深い人たちをお受け入れになるのです。
このふたりの兄弟に起きた事件にはいくつかの教訓が含まれています。カリ・ユガではほとんどの人がジャガーイとマーダーイの質を持っています。もし過ちの反動から解放されたいのであれば、彼らは主チャイタニヤ・マハープラブに身を委ね、精神的入門の後、シャーストラで禁じられていることを避けなくてはなりません。それらの禁止事項は主からシュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーへの教えの中に述べられています。
主が世帯者として暮らしていた間、普通このような人々から期待されるような奇跡の多くを、主はお示しにはなりませんでしたが、一度シュリーニヴァーサ・タークラの家でサンキールタンが最高潮を迎えている時、素晴らしい奇跡を起こされました。主は献身者たちに何が食べたいかを尋ね、彼らがマンゴーを食べたいことを知ると、季節外れでしたがマンゴーの種を要求なさいました。種を手に入れると、主はシュリーニヴァーサの庭に植え、すぐさま種からつるが生え始めました。瞬く間にそのつるは立派なマンゴーの木になり、献身者たちが食べ切れないほどの熟した果実をたくさん実らせました。木はシュリーニヴァーサの庭で育ち続け、それ以来、献身者たちは好きなだけこの木からマンゴーを採りました。
主は、ヴラジャブーミ(ヴリンダーヴァナ)の乙女たちが持つクリシュナへの愛情をとても高く評価しており、彼女たちの主への純粋な奉仕に感謝していたので、シュリー・チャイタニヤ・マハープラブはある時、主の御名ではなく、ゴーピーたち(牛飼いの少女)の聖なる御名を唱えられました。この時、主の弟子でもあった生徒たちは主のもとを訪れ、主がゴーピーたちの御名を唱えているのを見て驚きました。彼らは全くの愚かさから、主がなぜゴーピーの名前を唱えているのか尋ね、クリシュナの御名を唱えるよう勧めました。恍惚の中にいた主はこのような愚かな生徒たちに邪魔されてしまいました。主は彼らを叱責し、追い払いました。学生らは主とほぼ同い年であり、それゆえ主を自分たちと同等であると誤解していたのです。彼らは会合を開き、主がまた同じように彼らを罰しようとすれば、主を攻撃するという結論に至りました。この一件は一般人の一部の中で主に関する悪質な噂を引き起こすこととなりました。
主はこのことを知ると、社会におけるさまざまな種類の人々について考え始められました。特に学生、教授、成果を求めて活動する者、ヨーギー、非献身者、様々な種類の無神論者は皆、主への献身奉仕に反対していることに気づきました。「私の使命はこの時代の堕落した魂を全て解放することである」と主はお考えになりました。「しかし彼らが私を普通の人間として捉え、私に対する侮辱を犯してしまっては彼らのためにならない。もし彼らが精神的悟りの人生を始めるのであれば、なんらかの方法で私に敬意を表さなくてはならない」人々は一般的にサンニヤーシーに敬意を表す傾向にあるため、主は人生の放棄階級(サンニヤーサ)を受け入れることをお決めになりました。
500年前、社会は今日ほど堕落してはいませんでした。その当時、人々はサンニャーシーに敬意を表し、サンニャーシーは放棄階級の規定や規則にとても厳格に従っていました。シュリー・チャイタニヤ・マハープラブはこのカリの時代における放棄階級をあまり好ましく思っていませんでしたが、それはこの時代ではほんのわずかなサンニャーシーしかサンニヤーサ生活の規定や規則に従うことができないという理由からでした。シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは一般大衆が主に敬意を表せるように、その階級を受け入れ、理想的なサンニャーシーになることをお決めになりました。サンニヤーシーはあらゆるヴァルナとアーシュラマの師とされているため、サンニャーシーに敬意を表すことは人々の義務なのです。
サンニヤーサ階級を受け入れることを真剣に考えているころ、マーヤーヴァーディ宗派のサンニャーシーであり、(ベンガルの)カトワの住民であるケーシャヴァ・バーラティーがナヴァドヴィーパを訪れており、主との食事に招待されていました。ケーシャヴァ・バーラティーが主の家を訪れると、主はサンニヤーサー階級を授けてくれるよう、彼に申し出ました。これは形式上のことでした。サンニヤーサー階級は別のサンニャーシーから受け取るものです。主はあらゆる面で独立しているお方なのですが、シャーストラの形式に従うため、ケーシャヴァ・バーラティーがヴァイシュナヴァのサンプラダーヤ(宗派)の一員でないにもかかわらず、彼からサンニヤーサの階級をお受けになりました。
ケーシャヴァ・バーラティーと相談した後、主は正式にサンニヤーサー階級を受け入れるため、ナヴァドヴィーパを離れ、カトワに向かわれました。シュリーラ・ニッティヤーナンダ・プラブ、チャンドラシェーカラ・アーチャーリヤとムクンダ・ダッタが主にお供し、この3人は儀式を細部にわたって補佐しました。主がサンニヤーサ階級をお受け入れになった一件は、シュリーラ・ヴリンダーヴァナ・ダーサ・タークラによる『チャイタニヤ・バーガヴァタ』で詳細に説明されています。
こうして24歳が終わろうとするころ、主はマーガの月にサンニヤーサ階級を受け入れました。この階級を受け入れたあと、主はバーガヴァタ・ダルマの本格的な布教者となりました。世帯生活の時と同じ布教活動を行っていたのですが、布教する際にいくつか支障があったため、主は堕落した魂たちを救うために、ご自身の家族生活の快適さをも犠牲になさいました。世帯生活時の主の主要な助手はシュリーラ・アドヴァイタ・プラブとシュリーラ・シュリーヴァーサ・タークラでしたが、サンニヤーサー階級を受け入れた後、主要な助手は特にベンガルで布教するよう任命されたシュリーラ・ニッティヤーナンダ・プラブと、現在ある巡礼の地を掘り起こすためにヴリンダーヴァナへ送られたシュリーラ・ルーパとサナータナ率いる六人のゴースヴァーミーたち(ルーパ・ゴースヴァーミー、サナータナ・ゴースヴァーミー、ジーヴァ・ゴースヴァーミー、ゴーパーラ・バッタ・ゴースヴァーミー、ラグナータ・ダーサ・ゴースヴァーミーとラグナータ・バッタ・ゴースヴァーミー)になりました。こうして現在のヴリンダーヴァナの町とヴラジャブーミの重要性が、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブのご意志によって明らかにされたのでした。
サンニヤーサーの階級を受け入れた後、主はすぐさまヴリンダーヴァナへ向かうことをお望みになりました。主は三日続けてラーダ・デーシャ(ガンジスが流れない場所)を旅なさいました。主はヴリンダーヴァナへ行くという思いで、完全なる恍惚に浸っていらっしゃいました。しかしシュリーラ・ニッティヤーナンダは主を迂回させてシャーンティプラにあるアドヴァイタ・プラブの家に連れて行きました。数日間、主はシュリー・アドヴァイタ・プラブの家に滞在しました。主が永遠に家庭生活を離れることを知っていたシュリー・アドヴァイタは、母シャチーが息子と最後にもう一度会えるよう、自身の部下をナヴァドヴィパーに送り、彼女を連れてこさせました。何人かの不徳な人たちは主チャイタニヤがサンニヤーサを受け入れた後、自身の妻に会い、崇拝のために自分の木製の靴を彼女に渡したと言いますが、信頼できる情報源には二人が会ったというような情報はありません。主の母親はアドヴァイタ・プラブの家で主に会い、サンニヤーサの衣服をまとった息子を見て悲しみました。妥協案として、彼女は息子にプリーを本部とするよう求めました。そうすれば、主に関する知らせを容易に手に入れることができると思ったからです。主は愛する母親の最後の望みを叶えました。この一件のあと、主はナヴァドヴィーパの住民を主との離別による悲しみの海の中に残し、プリーへと向かわれました。
主はプリーへの道中、数多くの重要な場所を訪れました。そのひとつがゴーピーナータジーの寺院でした。ゴーピーナータジーの神像はご自身の献身者、シュリーラ・マーダヴェーンドラ・プリーのために練乳を盗み、それ以来、クシーラ・チョーラー・ゴーピーナータとして知られるようになりました。主は大変喜んでこの話を楽しまれました。盗癖は絶対的意識の中にも存在するのですが、絶対なるお方によってこの盗癖が示されると、その歪んだ性質は消え、主と主の盗癖は同一であるという絶対的な概念に基づき、主チャイタニヤにとっても、それが崇拝の対象となるのです。ゴーピーナータジーに関するこの興味深い話はクリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴースヴァーミーによる『チャイタニヤ・チャリタームリタ』で鮮やかに描写されています。
オリッサのバラソーレで、レームナーのクシーラ・チョーラ・ゴーピーナータの寺院を訪れたあと、主はプリーへと歩みを進め、途中、ブラーフマナ献身者の二家族間による争いの目撃者として現れた、シャークシ・ゴーパーラの寺院を訪れました。主はシャークシ・ゴーパーラの物語をとても喜んでお聞きになりました。なぜなら偉大なアーチャーリヤによって認められ、崇拝に値する寺院の神像は、知識に乏しい人々が主張するような、単なる偶像ではないことを、無神論者たちに強調したいと願ったからです。寺院の神像は人格神のアルチャー化身であり、ゆえに神像はあらゆる面で主と同一です。主はご自身に対する献身者の愛情に応じて、それにお応えになります。シャークシ・ゴーパーラの物語では、主のふたりの献身者の間に家族間の誤解があり、主はその騒ぎを鎮静するため、そして召使に特別な好意を示すため、ご自身のアルチャー化身の姿で、ヴリンダーヴァナからオリッサのヴィディヤーナガラという村に向かわれました。そこから神像はカタックに運ばれました。ゆえに、今でもジャガンナータ・プリーに向かう数千の巡礼者は途中でシャークシ・ゴーパーラの寺院を訪れます。主はそこで一夜を過ごし、その後プリーへと旅を続けられました。旅の途中で、ニッティヤーナンダ・プラブが主のサンニヤーサの杖を折ってしまいました。主はこのことでニッティヤーナンダ・プラブに怒ったように振る舞い、仲間たちを置いて一人でプリーに向かわれました。
プリーでジャガンナータ寺院に入ると、主はすぐさま超越的な恍惚に満ちあふれ、意識を失い寺院の床に倒れました。寺院の管理者たちは主の超越的な偉業を理解することはできませんでしたが、サールヴァバウマ・バッターチャーリヤという名の、偉大で博識なパンディタがその場に居合わせ、主がジャガンナータの寺院に入るや否や意識を失ったことは普通の出来事ではないことを理解しました。オリッサの王、マハーラージャ・プラターパルドラの時代にパンディタの頭として任命されていたサールヴァバウマ・バッターチャーリヤは、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブの若々しい輝きに魅了されました。このような超越的な恍惚が示されることはとても珍しく、すでに物質存在を完全に忘れ、超越的な境地にいる最上級の献身者にしか現れないことを彼は知っていました。解放された魂のみが、このような超越的な偉業を見せることができ、大変学識のあるバッターチャーリヤは熟知している超越的な文献に鑑みてこのことを理解することができました。そのため、彼は寺院の管理人たちにこの見知らぬサンニャーシーを邪魔しないよう、そして無意識の状態をもっと観察するため、自分の家まで連れて行くように命じました。その頃サバー・パンディタ、すなわちサンスクリット文献の最高権威者として十分な権威を持っていたサールヴァバウマ・バッターチャーリヤの家に、主はすぐさま運ばれました。博識なパンディタは主チャイタニヤの超越的な偉業を綿密に試したいと思いました。なぜなら悪質な献身者はしばしば無実の人を惹きつけ、利用するためだけに、身体的な徴候を真似て超越的な成功を見せびらかしていたからです。バッターチャーリヤのような博識な学者はそのような偽物を察知することができ、見つけるとすぐさま彼らを一蹴したものです。
主チャイタニヤ・マハープラブに関しては、バッターチャーリヤは経典と照らし合わせながら、あらゆる兆候を調べました。彼は愚かな感傷家としてではなく、科学者として調べたのです。お腹の動き、心臓の鼓動、鼻腔の呼吸を観察し、脈も測り、主の体の活動は全て完全に止まっていることを見て取りました。鼻腔の前に小さな綿棒を置くと、綿の細かい繊維が微かに動いたため、わずかに呼吸していることがわかりました。結果、彼は主の無意識状態のトランスは本物であることを知り、定められた形で主に治療をし始めました。しかしながら、主チャイタニヤ・マハープラブは特別な方法でしか治療することができません。主は献身者による主の聖なる御名の響きにしか応えないのです。サールヴァバウマ・バッターチャーリヤは主のことをまだ知らなかったため、この特別な治療方法を彼は知りませんでした。バッターチャーリヤが寺院で初めて主を見た際、彼は主を数多くの巡礼者の一人としか捉えていなかったのです。
その頃、少し後に寺院に到着した主の仲間は、主の超越的な偉業について、また主がバッターチャーリヤによって運び出されたことをも聞きました。寺院の巡礼者たちは、その一件についてなおも噂話をしていたのです。図らずも、巡礼者の一人がゴーピーナータ・アーチャーリヤを知っているガダーダラ・パンデイタに会っていました。そして彼を通じて、ゴーピーナータ・アーチャーリヤの義理の兄弟にあたるサールヴァバウマ・バッターチャーリヤの住居で、主が無意識の状態で横たわっていることが分かりました。ガダーダラ・パンディタはゴーピーナータ・アーチャーリヤに主の従者たちを紹介し、ゴーピーナータ・アーチャーリヤは、無意識で精神的なトランス状態で横たわっている主がいらっしゃるバッターチャーリヤの家へと、彼らを連れていきました。主の従者たちはいつものように主ハリの聖なる御名を大声で唱え、主は意識を取り戻されました。この後、バッターチャーリヤは主ニッティヤーナンダ・プラブを含む主の従者たち皆を歓迎し、彼らに主賓になるよう申し出ました。従者たちは主と共に、沐浴のために海へ向かい、バッターチャーリヤはカーシー・ミシュラの家で彼らの滞在と食事を手配しました。義理の兄弟であるゴーピーナータ・アーチャーリヤも手伝いました。ふたりは主の神格について話し合い、以前から主を知っていたゴーピーナータ・アーチャーリヤは主を人格神として立証しようとし、バッターチャーリヤは主を偉大な献身者の一人として立証しようとしました。彼らは感傷的な世論に基づいてではなく、権威あるシャーストラの観点から論争しました。神の化身は真正なシャーストラによって決まるのであり、愚かな狂言者の一般投票で決められるのではありません。主チャイタニヤが実際に神の化身であったため、この時代には愚かな狂言者が真正な経典を考慮せずに、数多くの人々をいわゆる神の化身であると宣言してきました。しかしサールヴァバウマ・バッターチャーリヤもゴーピーナータ・アーチャーリヤもそのような愚かな感傷には浸りませんでした。むしろ、両者とも真正なシャーストラに基づいて主の神格を立証、または否定しようとしていました。
後にバッターチャーリヤもナヴァドヴィーパ地方の出身であることが分かり、主チャイタニヤの母方の祖父、ニーラーンバラ・チャクラヴァルティはサールヴァバウマ・バッターチャーリヤの父親の同級生であることが判明しました。ですからある意味、若いサンニャーシーである主チャイタニヤはバッターチャーリヤの親心を呼び起こさせた、と言えます。バッターチャーリヤはシャンカラーチャーリヤ・サンプラダーヤに属する数多くのサンニャーシーの教授であり、彼自身、その教義に従っていたため、バッターチャーリヤは若いサンニャーシーである主チャイタニヤが彼からヴェーダンタの教えを聞くことを望みました。
シャンカラ教義の従者は一般的にヴェーダンティストとして知られています。しかしだからといって、ヴェーダンタはシャンカラ・サンプラダーヤだけが独占して研究しているわけではありません。ヴェーダンタはあらゆる真正なサンプラダーヤによって研究されていますが、それぞれが各自の解釈を持っています。しかし一般的には、シャンカラ・サンプラダーヤの人々はヴェーダンティスト・ヴァイシュナヴァの知識に関して何も知らないとされています。この理由から、バクティヴェーダンタの称号はまずヴァイシュナヴァらによって著者に与えられました。
主はバッターチャーリヤからヴェーダンタの教えを受けることとなり、ふたりは主ジャガンナータの寺院で共に座りました。バッターチャーリヤは7日間連続で話し続け、主は一度も遮ることなく傾聴なさいました。主が沈黙しているので、バッターチャーリヤは疑問に思い、なぜひとつも質問をしないのか、なぜ彼のヴェーダンタの解説に意見を出さないのか、主に尋ねました。
バッタチャーリヤはヴェーダンタを教えるのがサンニャーシーの義務であると思っていました。そこで主はバッターチャーリヤの前で愚かな学生の真似をして、彼のヴェーダンタの解説を聞いているふりをなさいました。しかし、主は彼の法話に賛成なさったわけではありません。これにより、シャンカラ・サンプラダーヤやシュリーラ・ヴィヤーサデーヴァの指示に従っていないその他のサンプラダーヤで学ぶいわゆるヴェーダンティストは、ヴェーダンタを機械的に学んでいるにすぎないということを主はお示しになられたのです。彼らは偉大な知識を完全には心得ていません。ヴェーダーンタ・スートラの解説は著者自身によって『シュリーマ・バーガヴァタム』の中で述べられています。バーガヴァタムに関する知識を持っていない者がヴェーダーダンタに書かれていることを理解するのはとても困難でしょう。
とても学識のあったバッターチャーリヤは、一般に受け入れられているヴェーダンティストに関する主の皮肉な言葉が理解できたため、なぜ理解できなかった点について質問をしないのかと主に尋ねました。バッタチャーリヤは、主が自分の話を聞いていた何日もの間、沈黙を守っていた理由を理解することができました。これは、主が心の中では、彼に賛同していないということを明らかに示すものでしたから、バッタチャーリヤは、主に心の内を明かすよう求めました。
これに応じ、主は次のように話されました。「敬愛なる師よ、ヴェーダンタ・スートラの中の、janmādy asya yataḥ や śāstra-yonitvāt、athāto brahma-jijñāsā といったスートラの意味は理解できるのですが、あなたが自己流に説明すると、理解しにくくなります。スートラの目的はすでにその中で説明されているのに、あなたの解説はそれらを別の何かで覆い隠しています。あなたはスートラの直接の意味を伝えずに、間接的に自分の解釈を提示しています」
このように主は、独自の目的のために流行に流され自分たちの限られた思考力でヴェーダンタ・スートラを解釈する全てのヴェーダンティストを非難なさいました。ヴェーダンタ・スートラなどの真正な文献に関するそのような間接的な解釈はここで主によってとがめられています。
主は続けました。「シュリーラ・ヴィヤーサデーヴァはマントラの直接の意味をヴェーダンタ・スートラのウパニシャドで要約しています。残念ながら、あなたはそれらの直接の意味を捉えていません。あなたはそれらを異なった方法で間接的に解釈しています」
「ヴェーダの権威は、議論の余地も疑いの余地もありません。ヴェーダで述べられていることは完全に受け入れられるべきであり、そうしなければ、ヴェーダの権威に挑戦していることを意味します」
「ほら貝と牛糞はふたつの生き物の骨と排泄物です。しかしそれらはヴェーダによって清浄であると推奨されているため、人々はヴェーダの権威に基づいてそれらを受け入れます。」
これはつまり、誰も自身の不完全な道理でヴェーダの権威を越えることなどできないということです。ヴェーダの指示には俗的な推論を加えず、言葉通りに従うべきです。いわゆるヴェーダの教えの追随者たちは、それらの教えを自分なりに解釈し、ヴェーダの宗教において様々なグループや宗派を創設します。主ブッダはヴェーダの権威を直接的に否定し、自らの宗教を作りました。このことからのみ、ヴェーダに厳格に従う者は仏教を受け入れませんでした。しかしいわゆるヴェーダの追随者は仏教徒よりも危険です。仏教徒はヴェーダを直接否定する度胸がありますが、いわゆるヴェーダの追随者は間接的にはヴェーダの教えには何ひとつ従っていないのにもかかわらず、ウェーダを否定する勇気を持っていません。主チャイタニヤはこれを非難なさいました。
この点について主がご提示なさったほら貝と牛糞の例はふさわしいものです。もし誰かが牛糞は清浄であるため、博識なブラーフマナの排泄物はさらに清浄であると主張しても、彼の主張は受け入れられません。牛糞が清浄だというのは受け入れられますが、高い地位のブラーフマナの排泄物が清浄だというのは、受け入れられないのです。主はこのように続けられました。
「ヴェーダの教えそのものが他からの承認を必要としないため、もしある世俗的な人がヴェーダの解釈を変えるならば、ヴェーダの権威に逆らうことになります。自分をシュリーラ・ヴィヤーサデーヴァよりも賢いと考えることはとても愚かなことです。ヴィヤーサはすでにご自身をスートラの中で表しており、より劣った者たちの助けなど要りません。彼の書物『ヴェーダンタ・スートラ』は真昼の太陽のように輝かしく、自ら輝きを放つ太陽のような『ヴェーダンタ・スートラ』に誰かが自己流の解釈を加えようとすれば、それは自分の想像の雲でこの太陽を覆い隠そうとしているようなものです」
「ヴェーダとプラーナの目的は、ひとつであり同じです。このふたつは、何よりも偉大である絶対真理について解明しています。絶対真理の最終的な悟りは絶対的支配力を持つ絶対人格神を悟ることです。そうすると絶対人格神は富、力、名声、美、知識、放棄を完全に備えているはずですが、しかし驚くべきことに、なおも超越的な人格神は、非人格的であると解釈されています」
「ヴェーダに述べられている絶対真理の非人格的な説明は、絶対真理全体に関する世俗的な概念を覆すためにあります。主の人格的な様相は、一般的に考えうる様相とは全く異なります。全ての生命体は、それぞれ個性を持っており、それぞれが至高なる総体の一部分です。もしその部分体が個性を持つなら、その個性の発生する根源が、個性をもたないはずがありません。主は、この世に存在する個性のなかでも、至高なる個性なのです。」
「ヴェーダは主[ブラフマン]から全てが生じており、主によって全てが維持されていると教えています。そして破壊の後、全ては主の中にのみ入っていきます。したがって主は、一切が生じ、一切が保たれ、一切が帰する究極の原因なのです。そしてこれらの原因が非人格的なものに起因することはあり得ません」
「ヴェーダは、主一人が様々な様相をとり、主が望む時に物質自然を一瞥いちべつなさると教えています。主が物質自然を一瞥する前には物質的な宇宙創造は存在しませんでした。ゆえに、主の一瞥は物質的ではありません。主が物質自然を一瞥した時、物質的な心や感覚はまだ生まれていなかったのです。ゆえにヴェーダは疑いの余地もなく、主が超越的な目と超越的な心をお持ちであることを証明しています。それらは決して物質的ではありません。ゆえに主の非人格的な面は主の物質性を否定してはいますが、主の超越的な人格の否定ではありません」
「究極的にブラフマンは人格神を指します。非人格的なブラフマンを悟るということは単に、一般的な創造の概念を否定するということに過ぎません。パラマートマーはあらゆる物質でできた体の内に宿るブラフマンの局所的様相です。啓示経典の全証拠が示すとおり、至高なるブラフマンの悟りは究極的に人格神の悟りを指します。主はヴィシュヌ・タットヴァの究極の根源なのです」
「プラーナもヴェーダの捕捉文献です。ヴェーダのマントラは一般の人には難し過ぎます。女性、スードラ、高位カーストのいわゆる再誕者はヴェーダの真髄を理解することができません。ですからヴェーダの真実を説明するため「マハーバーラタ」やプラーナはわかりやすく書かれています。ブラフマーは、少年シュリー・クリシュナへの祈りの中で、シュリー・ナンダ・マハーラージャとヤショーダーマイー率いるヴラジャブーミの住民の幸運は限りないと言っています。なぜなら永遠の絶対真理が彼らの親しい親族になったからです」
「ヴェーダのマントラでは、絶対真理は足も手も持たないが何よりも早く進み献身を持って捧げられた物は全て受け取る、と主張されています。このマントラの後半部分が明確に示唆していることは、たとえ主の手足は物質的な手足やその他の感覚とは異なるものであっても、主が人格的な要素を持っているということです。」
「ゆえにブラフマンは決して非人格的ではありませんが、そのようなマントラが間接的に解釈されると、絶対真理は非人格であると誤解されがちです。絶対真理である人格神はあらゆる富に満ちあふれており、それゆえ存在、知識、至福に満ちた超越的なお姿をお持ちです。絶対真理は非人格的であることを誰が立証することができるでしょうか?」
「富に満ちあふれているブラフマンは多くのエネルギーを持つとされていますが、これら全てのエネルギーは、主ヴィシュヌの超越的エネルギーが、主おもに3つであるとするヴィシュヌ・プラーナの権威に基づき、3つに分類されます。主の精神エネルギーと生命体のエネルギーは高位エネルギーに分類され、無知から発した物質エネルギーは低位エネルギーとされます」
「生命体のエネルギーは専門的には、クシェートラジュニャ・エネルギーと呼ばれます。このクシェートラジュニャ・シャクティは質的に主と同等なのですが、無知によって物質エネルギーに征服されてしまい、それゆえあらゆる物質的な困難に苦しむ羽目となります。言い換えると、生命体は高位(精神)、そして低位(物質的)エネルギーの間の境界エネルギーに位置しており、物質、または精神的なエネルギーとの接触の度合いに比例して、生命体は存在の高位、または低位に位置するのです」
「主は上記の低位の境界エネルギーを超越しており、主の精神エネルギーは3つの様相(永遠なる存在、永遠なる至福、永遠な知識)をもって現れます。永遠なる存在はサンディニー・エネルギーによって司られ、同様に至福はフラーディーニー、知識はサンヴィット・エネルギーによって司られます。エネルギーの至高の根源である主は精神エネルギー、境界エネルギー、物質エネルギーの至高なる支配者です。そしてこれらの種々のエネルギーは永遠の献身奉仕を通して主とつながっています」
「ゆえに至高人格神はご自身の超越的な永遠の姿で楽しんでおられます。至高主のことを恐れ多くも「エネルギーを持たない者」と呼ぶ人がいるのは驚くべきことではありませんか?主はあらゆるエネルギーの支配者であり、生命体はそれらのエネルギーの一部分です。ゆえに主と生命体の間には大きな差があります。ならば、誰が主と生命体はひとつで同じであると言えるでしょうか?『バガヴァッド・ギーター』でも生命体は、主の高位エネルギーに属していると述べられています。エネルギーとエネルギー源との密接な関係の原則によると、両者には違いがないといえます。ゆえに、主と生命体はエネルギーとエネルギー源であり、違いがありません」
「地、水、火、空気、空間、心、知性、自我意識は全て主の低位エネルギーですが、生物体は高位エネルギーのためそれら全てとは異なります。これが『バガヴァッド・ギーター』(7-4~5)の見解です」
「主の超越的な姿は永遠に存在し、超越的至福に満ちています。そのようなお姿が物質的な徳の様式の産物であることなど、ありえるでしょうか?ゆえに、主の姿を信じない者は信仰を持たない悪魔に違いなく汚れた者として、見るも触れるも望ましくない、冥界の王に罰せられるべき人物です。」
「仏教徒はヴェーダに対する敬意を持たないため無神論者と呼ばれますが、ヴェーダの追随者であるように見せかけ、上記のようなヴェーダの見解に背く人たちは、仏教徒よりもさらに危険です」
「シュリー・ヴィヤーサデーヴァは、親切に自身のヴェーダンタ・スートラでヴェーダの知識を編纂してくださいましたが、もし誰かが(シャンカラ・サンプラダーヤに代表される)マーヤーヴァーダ学派の解説を聞けば、精神的悟りへの道を確実に踏み誤るでしょう」
「発生の論理がヴェーダンタ・スートラにおける最初の主題です。あらゆる宇宙の現象は、主の驚異的な数々のエネルギーによって、絶対人格神から発生するものです。試金石の例は発生の理論に当てはまります。試金石は無限の量の鉄を金に変えることができますが、試金石はそのままの姿を保ちます。同様に、至高主はご自身の驚異的なエネルギーであらゆる現象世界をお創りになりますが、それでも主は完全さを保ち、変化することがありません。主はプールナ[完全]であり、無数のプールナが主から発生しても、プールナであり続けます」
「マーヤーヴァーダ学派の幻想の理論の基礎となっているのは発生の論理であり、彼らはその論理こそが絶対真理が変化する原因となっていると主張しています。だとすれば、ヴィヤーサデーヴァは間違っていることになります。これを避けるために、彼らは幻想の論理を巧みに持ち出しました。しかし世界や宇宙創造はマーヤーヴァーダ学派が主張しているのとは異なり、偽りではありません。ただ永続しないだけです。永続しないものを偽りだと呼ぶことはできません。しかしこの物質的な体が自己であるという認識は確実に間違っています」
「ヴェーダのプラナヴァ[オーム]、すなわちオームカーラは原初の賛歌です。この超越的な音は主のお姿と同一です。ヴェーダの賛歌は全てこのプラナヴァ・オームカーラに基づいています。Tat tvam asiはヴェーダ文献における二次的な表現に過ぎず、これをヴェーダの原初の賛歌と呼ぶことはできません。シュリーパーダ・シャンカラーチャーリヤは原初の原理であるオームカーラよりも、補足的な言葉であるtat tvam asiに重点を置いています」
主はこのようにヴェーダーンタ・スートラについて語り、マーヤーヴァーダ学派の主張を全て否定なさいました。バッターチャーリヤは論理と巧みな言葉で自らの立場と自身のマーヤーヴァーダ学派を守ろうとしましたが、主はご自身の力強い反論で彼を打ち負かしました。私たちは皆、人格神と永遠に繋がっており、献身奉仕こそが、主との関係を築くための永遠の務めであると主は確証なさいました。そのような交流の結果によってプレーマー、すなわち神への愛を達成します。神への愛を手に入れると、全ての生命体への愛は自ずと生まれます。なぜなら主は全ての生命体の総体だからです。
神との永遠なる関係、主との交流、そして主への愛の達成に関すること以外、つまりこれら3つのこと以外でヴェーダに示されている事柄は全て、余分なものであり、作り上げられたものであると主はおっしゃいました。
またシュリーパーダ・シャンカラーチャーリヤが教えているマーヤーヴァーダの哲学は、ヴェーダを空想的に説明したものなのですが、それは彼(シャンカラーチャーリヤ)が人格神からそう教えるように命令されたため、そう説かなくてはならなかったのだと主はつけ加えられました。『パドマ・プラーナ』には、人格神が主シヴァに人類をご自身(人格神)から遠ざけるよう命じたと述べられています。人格神が覆い隠されることで、人々が子孫を増やすのを助長するのが目的でした。主シヴァはデーヴィーにこのように言いました。「私はカリ・ユガにおいて、ブラーフマナの装いで、雲に覆われた仏教に過ぎないマーヤヴァーダ哲学を布教するでしょう」
主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブのこれらの発言を聞いたあと、バッターチャーリヤは感に打たれ、沈黙しました。すると主は彼に驚く必要はないと、確信をもって励まし「私は人格神への献身奉仕が人生の最も崇高な目標であると宣言する」とおっしゃいました。そして主は『バーガヴァタム』(1-7-10)のシュローカを引用し、人格神は解放された魂の心をも魅了する超越的な質を備えていらっしゃるがゆえに、精神と精神的悟りに専心する解放された魂でさえも主ハリへの献身奉仕を行うのである、と説きました。
すると、バッターチャーリヤは『バーガヴァタム』(1-7-10)の「アートマーラーマ」のシュローカの解説を聞きたいと願い出ました。主はバッターチャーリヤにまず説明を求め、その後に自身が説明するとおっしゃいました。バッターチャーリヤはそのシュローカを論理的かつ学術的に解説しました。彼はその当時の最も有名な論理学者であったため、そのシュローカを論理に基づいた9種類の方法で説明しました。
バッターチャーリヤの話を聞いた後、主は彼の学術的解説に感謝なさいました。そしてバッターチャーリヤの申し出に応えて主はバッターチャーリヤが提示した9通りの解説には触れずに、シュローカを64の方法で説明なさいました。
このように主からアートマーラーマのシュローカの解説を聞いたあと、バッターチャーリヤはこのような学問的解説は、地上に住む生き物には不可能であると確信しました。以前、シュリー・ゴーピーナータ・アーチャーリャが主の神格について説得しようとしたのですが、そのときバッターチャーリャは主を受け入れることができませんでした。しかしバッターチャーリヤは主によるヴェーダンタ・スートラの説明とアートマーラーマ・シュローカの解説に圧倒され、主がクリシュナご自身であることに気づかなかったため、主の蓮華の御足に大きな侮辱を犯してしまったと考え始めました。彼は今までの主とのやりとりを悔い改め、主に身を委ねたので、主は親切にもバッターチャーリヤをお受け入れになりました。ご自身のいわれなき慈悲から、主は自らを4本腕のナーラヤナの姿、そして次に、二本腕にフルートを持った主クリシュナの姿としてお現しになりました。
直ちにバッターチャーリヤは主の蓮華の御足にひれ伏し、主の恩恵により、主の栄光を称えるにふさわしいシュローカをいくつも創作しました。彼は主を称える百のシュローカをその場で作りました。主が彼を抱きしめると、バッターチャーリヤは、超越的恍惚のため身体的意識を失いました。涙、震え、心臓の高鳴り、発汗、感情の抑揚、踊り、歌、泣き声、8つのトランスの兆候が全てバッターチャーリヤの体に現れました。主の恩恵による、義理の兄弟の素晴らしい変化を目の当たりにし、シュリー・ゴーピーナータ・アーチャーリャはとても喜び、そして感嘆しました。
バッターチャーリヤが創作した主を称える百のシュローカのうち、次のふたつが最も重要であり、このふたつのシュローカは主の使命を簡潔に説明しています。
主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブとして現れた人格神に身を委ねます。主は全ての慈悲の海であり、物質的執着の放棄、知識、そしてご自身への献身奉仕を教えるため、降誕なさいました。
主への純粋な献身奉仕は時と共に失われてしまったため、主はそれらの原則を復活させるためにお現れになりました。ですから私は主の蓮華の御足に尊敬の礼を捧げます。
ムクティという言葉はヴィシュヌ、すなわち人格神という言葉と同等であると主は説明なさいました。ムクティ、つまり物質的存在の束縛から解脱を得るということは、主への奉仕を手に入れるということです。
その後、主はしばらくの間南インドへと向かい、途中出会った人を全て主クリシュナの献身者へと変えました。さらにこの献身者たちも、他の人々を献身奉仕の道、すなわち主のバーガヴァタ・ダルマに改宗させたのです。こうして主はゴーダーヴァリーのほとりにたどり着き、そこでオリッサの王、マハーラージャ・プラターパルドラの代理としてマドラスの大臣を務めているシュリーラ・ラーマーナンダ・ラーヤに出会いました。主とラーマーナンダ・ラーヤが交わした会話は超越的知識をより深く悟るうえでとても重要であり、そのふたりの会話自体が小冊子になっていますが、ここではその会話の要約を掲載します。
シュリー・ラーマナンダ・ラーヤは、社会階級という観点からみるとブラーフマナより低位のカーストに属していましたが、自己を悟った魂でした。彼は放棄階級であったわけではなく、むしろ州の政府高官という立場にいました。それでもなお、彼の超越的知識における悟りの高さゆえ、シュリー・チャイタンニャ・マハプラブは彼を解放された魂として受け入れました。同様に主は、イスラム教の家庭に生まれ、年配の献身者であるシュリーラ・ハリダーサ・タークラを受け入れていらっしゃいました。その他にも様々なコミュニティー、宗派、カーストから来た主の献身者は数多くいます。主の唯一の判断基準はその人の献身奉仕の水準でした。主は人間の外面ではなく、内なる魂とその活動にのみ関心を持っておられました。ゆえに主の布教活動は全て、精神的領域の中で行われていると理解されるべきであり、シュリー・チャイタニヤ・マハープラブの教え、つまりバーガヴァタ・ダルマの教えは俗事や社会学、政治、経済発展、その他の生活圏とは、なんら関係がありません。『シュリーマド・バーガヴァタム』は魂にとっての純粋で超越的な欲求なのです。
ゴーダーヴァーリー川のほとりで主がシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤに出会った際、主はヒンドゥ教徒が従っているヴァルナーシュラマ・ダルマについて語られました。シュリーラ・ラーマーナンダ・ラーヤは、ヴァルナーシュラマ・ダルマ、つまり4つのカーストと、4つの生活階級からなるこの制度の原則に従えば、誰でも超越性を悟ることができると言いました。しかし主の意見によると、ヴァルナーシュラマ・ダルマの制度は表面的なものに過ぎず、精神的価値の最も崇高な悟りとは、ほとんど関係がありません。人生の最も完璧な境地とは、物質的な執着を放棄し、それに比例して主への超越的な愛情奉仕を悟ることです。人格神は、この道を歩む生命体を認めてくださいます。ゆえに、献身奉仕はあらゆる知識を修養する道の頂点にあります。全ての堕落した魂を救うために至高人格神、シュリー・クリシュナが現れた際、主は全生命体の救済について次のように助言しました。あらゆる生命体の発現の源である至高人格神は、それぞれが各々の全活動を捧げることによって、崇拝されるべきです。なぜなら見渡すもの全ては主のエネルギーの拡張だからです。それが過去と現在における全ての真正なアーチャーリャたちが認めた、真の完成への道です。ヴャルナーシュラマ制度はおおよそ道徳的、かつ倫理的な原則に基づいています。それゆえ超越性の悟り自体はほんのわずかしかなく、主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブはその制度を表面的なものとして否定し、ラーマーナンダ・ラーヤにこの議題をさらに深く掘り下げるよう促しました。
するとシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤは主のために、果報的な活動を放棄することを提案しました。この点に関連して、『バガヴァッド・ギーター』(9-27)は次のように述べています。「何を為し、何を食べても、何を捧げ、またいかなる苦行をしても、すべては私への捧げ物とせよ」働く者が行うこの献身行為は、人格神がヴァルナーシュラマ制度の非人格的な概念よりも一段高いことを示唆しています。それでもなお、生命体と主の関係はあまり明確ではありません。そのため、主はこの提案を否定し、ラーマーナンダ・ラーヤにより深く考察するよう、促しました。
ラーヤは次にヴァルナーシュラマ・ダルマを放棄することと献身奉仕を受け入れることを提案しました。しかし人は突然自分の立場を放棄するべきではない、そのようにしても望む結果を得る保証はないという理由から、主はこの提案も否定なさいました。
さらにラーヤは物質的人生観から解放された精神的な悟りの達成こそ、生命体にとっての最高の功績であると提案しました。主はこの提案も否定なさいました。なぜなら不徳な者たちが、精神的な悟りと称して、たくさんの問題を引き起こしてきたという事実があることから、突然悟りの境地に達するということは不可能なのです。そこでラーヤは自己を悟った魂との誠実な交際と、人格神の遊戯の超越的な教えを謙虚に聞くことを提案しました。この案は主に受け入れられました。これは、人格神はアジタ、つまり誰も支配することも、そして近づくこともできないお方として知られていると述べたブラフマジーの足跡に従い、提案されたのです。しかしそのようなアジタも、あるとても単純で簡単な方法によってジタ(支配される者)となるのです。その簡単な方法とは、自分を神自身だと宣言するような傲慢ごうまんな態度を捨てることです。人は素直で従順になるべきであり、バーガヴァタ・ダルマ、つまり至高主と主の献身者を讃える宗教の教えを語る、超越的な自己を悟った魂の話に耳を傾け、心穏やかに暮らすよう心がけるべきです。偉大な人を讃えることは、生命体が生来備えている性質なのですが、彼らは主の栄光を讃えることをまだ知りません。自己を悟った主の献身者と交際しながら主を讃えるだけで、人生の完成を達成することができます。自己を悟った魂とは、主に完全に身を委ね、物質的な繁栄に対する執着を持たない人を指します。物質的繁栄と感覚満足、そしてそれらの発展は全て、人間社会における無知の活動です。神とその献身者との交際からかけ離れた社会に、平和や友情などはありえません。ゆえに、人は純粋な献身者との交際を求め、どんな立場にあっても、従順に、ひたすら彼らの言葉に耳を傾けることが必要不可欠です。身分の高い低いにかかわらず、人の立場が、自己を悟る道の妨げになることはありません。唯一すべきことは、自己を悟った魂に、常に耳を傾けることです。教師は絶対真理を悟った過去のアーチャーリヤたちの足跡に従い、ヴェーダ文献に基づいて法話を行うこともできます。主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブは一般にバーガヴァタ・ダルマとして知られているこの自己の悟りに関する簡単な方法を勧めました。『シュリーマド・バーガヴァタム』は、この目的にふさわしい道しるべです。
以上が主とシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤの間で交わされた会話の主題なのですが、この偉大なふたりの間で、さらに高尚なる精神的な話が交わされました。しかしこの先のラーマナンダ・ラーヤとの会話を聞くためにはまず、自身を精神的な領域へと高めなくてはならないため、ここでは意図的にそれらの主題を紹介するのを差し控えています。主とシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤの会話の続きは別の書籍(主チャイタニヤの教え)で紹介しています。
この出会いの最後に、主はシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤに対し、主と共に暮らして超越的な関係を楽しめるよう、仕事を離れてプリーに来ることを勧めました。しばらくしてシュリー・ラーマーナンダ・ラーヤは政府の仕事を退職し、王から年金を受け取りました。彼はプリーにある自身の住居に戻り、そこで主の最も親密な献身者のひとりとなりました。またプリーには主にとってラーマーナンダ・ラーヤのように親密な側近、シキ・マーヒティという名の紳士がいました。主はプリーにいる間、3、4人の交際者と共に精神的な価値観について内密な話を交わし合い、このようにして精神的恍惚の中、18年間を過ごされました。主の会話は最も親密な4人の献身者の一人、主の個人秘書であったシュリー・ダーモーダラ・ゴースヴァーミーによって記録されています。
主はインド南部を広く旅なさいました。聖トゥカーラーマとして知られていたマハーラーシュトラの偉大な聖者も主から入門を授かりました。主によって入門を受けた後、聖トゥカーラーマはマハーラーシュトラ州をサンキールタナ運動であふれかえらせ、その超越的な波は今でも広大なインド半島の南西部で続いています。
南インドで主は『ブラフマー・サンヒター』と『クリシュナ・カルナームリタ』という、ふたつの大変重要な古代文献を発掘なさいました。これらふたつの貴重な本は献身奉仕の道を進む人のための権威ある研究書です。そして南インドを旅した後に主はプリーへとお戻りになりました。
プリーへと主が帰省された後、不安を抱いていた主の献身者たちは皆、精気を取り戻し、超越的な悟りの遊戯を続けながら、主はその場に留まりました。その頃に起きた最も重要な出来事は、主がプラターパルドラ王との対面を承諾なさったことです。プラターパルドラ王は主の偉大な献身者であり、自身を寺院の掃き掃除を任された主の僕だと考えていました。王のこの従順な姿勢はシュリー・チャイタニヤ・マハープラブにとても喜ばれました。王はバッターチャーリヤとラーヤに、主に会わせてもらえるよう懇願しました。しかし忠誠心の厚い献身者ふたりにこのように尋ねられた時、ラーマーナンダ・ラーヤとサールヴァバウマ・バッターチャーリヤという最も親密な交際者に提案されたにもかかわらず、主はこの申し出を断りました。サンニャーシーにとって、世俗的でお金に執着している人や女性との親密な交流を持つことは危険であると、主は説明なさいました。主は理想のサンニャーシーで、女性は誰一人、敬意を表すためでさえ、主に近づくことができず、女性の席は主から遠く離れたところに置かれました。理想的な教師、そしてアーチャーリャとして、主はサンニャーシーとしての業務にとても厳格でした。神聖な化身であると同時に、主は人としても理想の人格を備え、他の人々との接し方や態度には非の打ちどころがありませんでした。そしてアーチャーリャとして、主は稲妻より厳しくありながら、薔薇よりも柔らかいお方でした。あるとき、交際者の一人、ジュニア・ハリダーサは好色な目で若い女性を見つめたことで大きな過ちを犯してしまいました。至高なる魂として主は、ジュニア・ハリダーサの心に情欲が生じたことを察知し、すぐさま彼をご自身から遠ざけました。他の者はハリダーサの過ちを許してあげてほしいと主に懇願しましたが、主がハリダーサを受け入れられることは二度とありませんでした。主から突き放されたため、ジュニア・ハリダーサはその後命を断ち、自殺の報せが主に伝えられました。しかしその時も主は彼が犯した罪を決して忘れず、ハリダーサはその罪にふさわしい罰を受けたとおっしゃいました。
放棄階級の生活と修行の原則に関して、主は妥協を知りませんでした。ゆえに王が偉大な献身者であると知っていたにもかかわらず、王は金銭の関わりを持つ人であるという理由から彼に会うことを断りました。この例を通して、主は超越主義者としての適切な行動をはっきりと示そうとなさったのです。超越主義者は女性や金銭と何ら関係を持たず、そうしたものとの親密なつながりは控えるべきです。しかし献身者の巧みな配慮によって、王は主の厚意に預かることができました。これは、主の最愛なる献身者は、初歩段階の献身者に対して、主ご自身よりも寛大に好意を示すことができるということを意味しています。ゆえに、純粋な献身者は決して他の純粋な献身者の御足を侮辱することはありません。主の蓮華の御足に対する侮辱は時々慈悲深い主によって許されますが、実際に献身奉仕において向上したいと願う者にとって、献身者の御足への侮辱はとても危険です。
主がプリーに滞在している間、何千もの献身者が主ジャガンナータのラタ・ヤートラ祭のときに主を一目見ようとやって来ました。この山車の祭りの期間中、主が直接指揮を執ってグンディチャー寺院を清掃するというのが重要な行事でした。プリーで行われる主の集団によるサンキールタナ運動は大衆にとって珍しい光景でした。それこそが大衆の心を精神的悟りに向かせる手段です。大勢で行うこのサンキールタナのシステムを主は発足させました。あらゆる国の指導者たちは人々の間に純粋な平和と友情をもたらすため、この精神的運動を活用することができます。これこそ世界中において、現代の人間社会が必要としているものです。
しばらくして、主は北インドへの旅を始め、ヴリンダーヴァナとその近隣を訪れることになさいました。主がジャリカンダ(マディヤ・バーラタ)のジャングルを通り抜けた時、野生の動物たちも皆、主のサンキールタナ運動に参加しました。野生の虎、象、熊、鹿たちが主について歩き、主はサンキールタナをしながら彼らと一緒に進みました。これによって、主はサンキールタナ運動(集団で主の御名を唱え、讃えること)を広めることによって、野生の動物たちでさえも平和に仲良く暮らせることを証明したのです。ならば、教養があるとされる人間への影響は言うまでもありません。サンキールタナ運動への参加を拒否する人など、世界中のどこにもいません。また、主のサンキールタナ運動は特定のカースト、信仰、人種、種族に限られてもいません。主の偉大な使命の、直接の証拠がここにあります。主は自身の偉大な運動に野生の動物たちも参加させたのです。
ヴリンダーヴァナから戻る途中、主はまずプラヤーガを訪れ、そこでルーパ・ゴースヴァーミーと彼の弟、アヌパマに出会いました。その後、ベナレス(ヴァーラーナシー)に向かわれました。2ヶ月間、主はシュリー・サナータナ・ゴースヴァーミーに超越的科学について指導なさったのです。サナータナ・ゴースヴァーミーへ教示した内容は数多く、ここで全てを提示することはできませんが、主題は次の通りです。
(以前はサーカラ・マリカとして知られていた)サナータナ・ゴースヴァーミーはナワブ・フサイン・シャーの体制の下、ベンガル政府の内閣に所属していました。彼は主の運動に参加することを決め、この業務から退きました。主がヴリンダーヴァナから戻る途中でヴァーラーナシーにたどり着いた時、主はシュリー・タパナ・ミシュラとチャンドラシェーカラの歓待を受けることになり、あるマハーラーシュトラのブラーフマナがふたりの接待を手伝っていました。その頃ヴァラーナシーはマーヤーヴァーダ学派の偉大なサンニャーシー、シュリーパーダ・プラカーシャーナンダ・サラスヴァティーに率いられていました。主がヴァーラーナシーに滞在していた時、主の大規模なサンキールタナ運動によって、大衆の心はますます主チャイタニヤ・マハープラブーに魅了されていきました。主がどこを訪れても、特にヴィシュヴァナータ寺院を訪れた際、数千もの巡礼者が主の後をついて行きました。主の身体的特徴に魅了された人もいれば、神を讃える主の美しい歌に魅了された人もいました。
マーヤーヴァーディーのサンニャーシーらは自分たちのことをナーラーヤナと称しています。ヴァーラーナシーには今でも大勢のマーヤーヴァーディーのサンニャーシーがいます。サンキールタナの行進の際に主を見た人たちの中には、主を実際にナーラーヤナであると考えた人もおり、そしてその一報が偉大なサンニャーシーのプラカーシャーナンダの元にも届きました。
インドではマーヤーヴァーダとバーガヴァタ学派の間に常にある種の精神的競争があります。ですから主に関する一報がプラカーシャーナンダに届いた時、彼は主がヴァイシュナヴァのサンニャーシーであると知って、その一報を届けにきた人たちの前で主を侮りました。彼はサンキールタナ運動はただの宗教的感傷に過ぎないと思っていたため、サンキールタナ運動を広めていた主の活動を軽蔑したのです。プラカーシャーナンダはヴェーダーンタの博学な研究者であり、彼は自身の従者たちにサンキールタナに没頭するのではなく、ヴェーダーンタの学問に集中するよう諭しました。
主の献身者となった一人のブラーフマナは、プラカーシャーナンダの発した批判が気に入らず、その不満を伝えようと主の元に向かいました。プラカーシャーナンダ自身もチャイタニヤの名前を複数回唱えていたのをそのブラーフマナは聞いていたのですが、ブラーフマナがサンニャーシーであるプラカーシャーナンダの前で主の御名を唱えた時に、プラカーシャナンダは主のことを強く非難したことを伝えました。ブラーフマナはサンニャーシーであるプラカーシャーナンダが何度かチャイタニヤの御名を口にしたにもかかわらず、クリシュナという音を一度も発することができないことに驚いていたのです。
微笑みながら、主は献身者であるブラーフマナに、なぜマーヤーヴァーディーはクリシュナの聖なる御名を唱えることができないのか説明なさいました。「マーヤーヴァーディーはいつもブラフマー、アートマー、チャイタニヤなどと口にしていますが、クリシュナの蓮華の御足への冒涜ぼうとく者です。そしてクリシュナの蓮華の御足への冒涜者であるため、彼らは実際にクリシュナの聖なる御名を唱えることができないのです。クリシュナという御名と、人格神クリシュナは同じです。絶対的な領域において、絶対真理の名前、姿、人格にはなんの違いもありません。なぜなら絶対的な領域の中では全てが超越的至福だからです。人格神クリシュナには、その身体と魂の間に違いがありません。ゆえに主は、いつも肉体と異なる生命体とは違うのです。クリシュナの超越的な立場ゆえ、俗人が人格神クリシュナのこと、そして主の聖なる御名や名声などを実際に知るのは大変難しいことです。主の御名、名声、姿、遊戯は全てひとつであり、ひとつで同じ超越的人格を成し、それらは、物質的な感覚を鍛錬することで理解できるものではないのです。
「主の遊戯における超越的な関係は、ブラフマンの悟りや至高なるお方と融合することで経験するものよりも、さらなる至福の源となるものです。そうでなければ、すでにブラフマンによる超越的な至福に立脚している者が、主の遊戯の超越的な至福に魅了されるはずがありません」
この後、主の献身者たちによって、大きな会合が開かれ、主とプラカーシャーナンダ・サラスヴァティーを含む全てのサンニャーシーたちが招かれました。この場で学者である両者(主とプラカーシャーナンダ)はサンキールタナ運動の精神的な真価について長い議論が繰り広げられました。その概要は次の通りです。
偉大なマーヤーヴァーディーのサンニャーシーであるプラカーシャーナンダは、なぜヴェーダンタ・スートラの勉学よりサンキールタナ運動を好むのかを主に尋ねました。ヴェーダンタ・スートラを学ぶことはサンニャーシーの義務であると、プラカーシャーナンダは言いました。では一体、主がサンキールタナに心酔する理由は何でしょうか。
この問いを受けた後、主は謙虚にお答えになりました。「私がヴェーダンタの勉学よりも、サンキールタナ運動を選んだのは、私が全くの愚か者だからです」このように主は、ヴェーダンタ哲学を学ぶ資質を全く持ち合わせていない、この時代における無数の愚か者たちのひとりであるかのように振る舞いました。こうして愚か者たちがヴェーダンタ研究に耽ることが社会に多くの混乱を招く原因となってきたのです。主は続けられました。「私が全く愚か者であるため、私の精神指導者はヴェーダンタ哲学に興じることを私に禁じました。お前は主の聖なる御名を唱えた方がいい、そうすることによってお前は物質的束縛から解放されると、師がおっしゃったのです」
「このカリの時代において、主の聖なる御名の唱名による、主の賛美以外の宗教はなく、それこそあらゆる啓示経典の教えです。そして精神指導者は、とあるシュローカを教えてくださいました。[ブリハン・ナーラディーヤ・プラーナ]:
harer nāma harer nāma harer nāmaiva kevalam
kalau nāsty eva nāsty eva nāsty eva gatir anyathā
「ですから精神指導者の指示に従い、私はハリの聖なる御名を唱え、今ではこの聖なる御名に夢中なのです。聖なる御名を口にすると、私は完全に我を忘れ、時々狂人のように笑ったり泣いたり、踊ったりします。実際、唱名の過程で私は狂ってしまったのかと思い、これについて自分の精神指導者に尋ねました。すると師は、それこそが聖なる御名の唱名による真の効果であり、それは稀有な超越的感情を呼び起こすと教えてくださいました。これは神の愛の証であり、これこそが人生の究極の目的なのです。神の愛は、解放[ムクティ]より超越的であり、ゆえに解脱の段階のさらに上、精神的悟りの5段階目だと言われています。クリシュナの聖なる御名を唱えることによって、人は神への愛の段階に達することができ、私は幸運にもその恩恵に恵まれたのです」
主の発言を聞き、マーヤーヴァーディーのサンニャーシーは、聖なる御名の唱名と同時にヴェーダーンタを学ぶことに何か不都合があるのかと尋ねました。プラカーシャーナンダ・サラスヴァティーは主が以前、ナヴァドヴィーパのとても博識な学者としてニマーイ・パンディタと呼ばれていたことをよく知っており、主がこのように愚か者のふりをしているのには何か目的があるに違いないと考えていました。サンニャーシーによるこの問いを受け、主は笑みを浮かべ、このようにお答えになりました。「 差し支えなければ、あなたの問いにお答えしましょう」
そこに集まっていたサンニャーシーたちは皆、主の誠実な受け答えに満足し、口を揃えて、主がなんと答えても気分を悪くすることはないと返しました。すると主は次のように話されました。
「ヴェーダンタ・スートラは超越的な人格神に発せられた超越的な言葉や音によって構成されています。そのためヴェーダンタには過ち、幻想、不正、無能力など、人間が持つような欠点は一切ありません。ウパニシャッドが意味するものは、ヴェーダンタ・スートラにおいて表現されており、そこで直接述べられていることは讃えらてしかるべきものです。シャンカラーチャーリヤによる解釈はどれもスートラと直接関わりがなく、ゆえにそのような解説は何もかも台無しにするものです」
「ブラフマンという言葉は、全てに勝る超越的な富に満ちあふれており、全ての中で最も偉大なるものを指しています。最終的にブラフマンは人格神であり、その人格神は非間接的な解釈によって覆われているので非人格として確証されています。精神世界にあるものは、主の姿、体、場所、品々を含む全て、超越的な至福に満ちています。全ては永遠の知識を備え、そして至福に満ちています。アーチャーリヤシャンカラがヴェーダーンタをあのように解釈したのは彼のせいではありませんが、その解釈を受け入れた者の将来は確実に絶望的です。人格神の超越的なお身体を何か俗的なものとして受け入れる者は、間違いなく最悪の侮辱を犯しています」
このように、主はプリーのバッターチャリヤに話したように、サンニャーシーに向かって話し、確かな根拠を用いて、マーヤーヴァーダによるヴェーダーンタ・スートラの解釈を論破しました。その場にいた全てのサンニャーシーらは、主がヴェーダの権化であり、人格神であると宣言しました。サンニャーシーらは皆、バクティの運動に導かれ、主シュリー・クリシュナの聖なる御名を受け入れて、主と共に食事をしました。サンニャーシーの改宗の後、ヴァーラーナシーでの主の人気は上昇し、何千もの人が主を一目見るため集まりました。このようにして主はシュリーマド・バーガヴァタ・ダルマの最重要性を確立し、他の精神的悟りの道を退けたのです。その後、ヴァーラーナシーにいた人たちは皆この超越的なサンキールタナ運動に身を投じました。
主がヴァーラーナシーで過ごしていた頃、サナータナ・ゴースヴァーミーも職務から離れ、その場にやってきました。彼は以前、ベンガル政府の大臣を務めたことがあり、その後、ナワブ・フサイン・シャーの体制の下で働いていました。ナワブはなかなか彼の離職を受け入れなかったため、国務から離れるのはたやすいことではありませんでしたが、彼はヴァーラーナシーを訪れ、そこで主は彼に、献身奉仕の原則をお教えになりました。主は、生命体が持つ本来の立場、物質的な状態への束縛の原因、生命体と人格神の間にある永遠の関係、至高人格神の超越的な立場、化身の様々な完全分身における主の拡張体、宇宙の様々な箇所における主の支配、主の超越的住居の質、献身活動、それらの発展の様々な段階、異なる時代における様々な化身の特徴、そして啓示経典に基づいてそれらを見極める方法について、お教えになりました。
主のサナータナ・ゴースヴァーミーへの教えは『シュリー・チャイタニヤ・チャリタームリタ』の大きなひとつの章を成しており、教えの全てを細かく説明するにはそれ自体で本が一冊必要となります。これらの教えは『主チャイタニヤの教え』という書籍で詳しく取り上げられています。
マトゥラーで主は重要な地を全て訪れ、その後ヴリンダーヴァナに到着なさいました。主チャイタニヤは高位のカーストであるブラーフマナの一家に生まれただけでなく、サンニャーシーとして、主は全てのヴァルナとアーシュラマについての指導者でした。主はあらゆる階級のヴァイシュナヴァから食事をお受け取りになりました。マトゥラーでサノーディヤー・ブラーフマナは社会の下層階級とされているのですが、その一家の主人がマーダヴェーンドラ・プリー家の弟子であったことから、主はそのようなブラーフマナの家でも食事をおとりになりました。
ヴリンダーヴァナで主は24の重要な沐浴場、ガートで沐浴を行われました。そして12の重要なヴァーナ(森)全てを旅なさいました。これらの森では牛や鳥が全て、まるで古き友のように主を歓迎しました。主はそれらの森の木々を全て抱きしめることで超越的な恍惚の兆候をお表しになりました。時々意識を失って倒れ、クリシュナの聖なる御名の唱名で意識を取り戻されました。ヴリンダーヴァナの森を旅する間、主のお身体に現れた超越的な兆候は全て類を見ないものであり、言葉で言い表せるものではありません。ここではそれについて簡単に説明するに留めます。
ヴリンダーヴァナで主が訪れた主要な地のいくつかはカーミャヴァナ、アーディーシュヴァラ、パーヴァナ・サローヴァラ、カディラヴァナ、シェーシャシャーイー 、ケーラ・ティールタ、バーンディーラヴァナ、バドラヴァナ、シュリーヴァナ、ラウハヴァナ、マハーヴァナ、ゴークラ、カーリヤ・フラダ、ドヴァーダシャーディティヤ、ケーシー・ティールタです。ラーサ・ダンスが行われた場所を見ると、主はすぐさま恍惚的状態に入り倒れました。主はアクルーラ・ガートを拠点としてヴリンダーヴァンに留まりました。
主に直接仕える従者であったクリシュナダーサ・ヴィプラが、ヴリンダーヴァナからプラヤーガへ戻ってマーガ・メーラの際に沐浴するよう主に勧めました。主はこの提案を受け入れ、プラヤーガへ向かわれました。道中、一行はパターン人に出会い、その中には博識なモウラナがいました。主はそのモウラナと彼の連れと少し話し、コーランにもバガーヴァタ・ダルマとクリシュナに関する描写があると説得しました。それによりパターン人は皆、主への献身奉仕の道に改宗しました。
プラヤーガに戻った際、シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーと彼の一番下の弟が、ビンドゥ・マーダヴァ寺院の近くで主を迎えました。この時、主はプラヤーガの人々からより敬意のこもった歓迎をお受けになりました。プラヤーガの別のほとり、アーダーイラの村で暮らしていたヴァラバ・バッタが自宅に主を迎え入れるはずだったのですが、そこに向かう途中、主はヤムナー川に飛び込んでしまいました。やっとのことで主は意識を失った状態で引き上げられました。そしてついに、主はヴァラバ・バッタの本拠地を訪れられました。このヴァラバ・バッタは主の主要な崇拝者の一人だったのですが、やがて自身の宗派、ヴァラバ・サンプラダーヤを立ち上げました。
プラヤーガのダシャーシュヴァメーダ・ガートのほとりで、主は十日間にわたってルーパ・ゴースヴァーミに主への献身奉仕の科学について指導しました。主はゴースヴァーミーに840万種の生命体の区分についてお教えになり、その後人類について説明なさいました。人類の中にヴェーダの原則に従う者がおり、その中に果報を求めて活動する者が、またその中に経験哲学者がおり、そして彼らの中に解放された魂がいることをお教えになりました。そして主シュリー・クリシュナの真の純粋な献身者は、ほんの一握りしかいないと、おっしゃいました。
サナータナ・ゴースヴァーミーの弟であったシュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミは、職務から離れた際に、舟二隻分の金貨を持ち帰りました。自らが在職中に貯めた何十万ものルピーを持ってきたのです。そして主チャイタニヤ・マハープラブの元へ向かうために自分の家を後にする前に、この財産を次のように分けました。財産の50パーセントは主と主の献身者への奉仕のために、25パーセントは親族のために、そして残りの25パーセントは緊急時のためにとっておいたのです。このようにして、彼は全ての世帯主に模範を示しました。
主は、献身奉仕についてゴースヴァーミに教える際に、献身奉仕をつる植物に例え、狂った象とでも言うべき純粋な献身者への冒涜からそのバクティのつるを注意深く守るよう、助言なさいました。同時に、そのつるは感覚満足や、一元論的な解放、そしてハタ・ヨーガの完成に対する欲望からも守られるべきだとしました。それらは全て献身奉仕の道の障害となり、同様に生命体への暴力、そして物質的な富、世間の評判、名声への欲望も全てバクティの発展、つまりバーガヴァタ・ダルマへの妨げとなります。
純粋な献身奉仕には、感覚満足を手に入れるためのあらゆる欲望、果報的活動への渇望、そして一元論的な知識の養成といったものがあってはなりません。人はあらゆる種類の肩書きから自由であるべきであり、そのようにして超越的な純粋さを身につけたときこそ、純粋な感覚で主に仕えることができるのです。
感覚を通して楽しみたい、至高なるものとひとつになりたい、または神秘的な力を持ちたいという願望がある限り、純粋な献身奉仕の段階に達することは不可能です。
献身奉仕はふたつの区分のもとに行われます。それは基本的な修練と自発的な感情です。自発的な感情の段階まで昇ることができれば、精神的な執着、感情、愛情を持ち、そして英語の言葉では表せない高位の献身生活の段階を通して、さらなる発展を遂げることができます。シュリーラ・ルーパ・ゴースヴァーミーによる『バクティ・ラサームリタ・シンドゥ』を典拠に、私たちは『献身奉仕 甘露の海』という書籍で献身奉仕の科学を説明しています。
超越的な献身奉仕には以下の5つの段階の相互の関係性があります。
1物質的な束縛から解放された後に達する、自己の悟りの段階はシャーンター、または中立的な段階と呼ばれます。
2その後、主の内的富に関する超越的な知識を深めると、献身者はダースャの段階に入ります。
3ダースャの段階をより向上させると、主との敬意ある友愛が育まれ、さらには、対等な友情関係が現れます。この二つの段階はサッキャ、すなわち友情における献身奉仕と呼ばれます。
4この上の段階は主に対する親の愛情であり、ヴァーツァリャの段階と呼ばれます。
5そしてこの上には恋愛関係の段階があり、神への愛の最も高い段階とされています。しかし、上記の段階の間に質的な違いはありません。神との恋愛の段階は、マードゥリヤの段階と呼ばれます。
このように、主はルーパ・ゴースヴァーミーに献身奉仕の科学を教え、すでに忘れられてしまった主の超越的な遊戯が繰り広げられた地を発掘するよう、ヴリンダーヴァナへとお送りになりました。その後、主はヴァーラーナシーに戻り、サンニャーシーらを解脱へと導き、ルーパ・ゴースヴァーミーの兄に教えをお授けになりました。このことについては先に述べたとおりです。
主は8つのシュローカのみを書き残しており、それらはシクシャーシュタカとして知られています。主の神聖な教義に関して広範囲にわたって記されたその他の文献は、主の主要な従者であったヴリンダーヴァナの6人のゴースヴァーミーたち、そして彼らの従者たちによって書かれています。
チャイタニヤ哲学の教義は他のどの教義よりも深く、ヴィシュヴァ・ダルマ、つまり共通の宗教を広める力を持つ、現代の生きる宗教として認められています。私たちはこの重要な課題が、バクティシッダーンタ・サラスヴァーティー・ゴースヴァーミー・マハーラージャや彼の弟子といった熱心な聖者らによって、引き継がれたことに喜びを感じています。そして主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブによって始められたこのバーガヴァタ・ダルマ、つまりプレーマ・ダルマが確立される幸せな日々を心待ちにしています。
主が完成なさった8つのシュローカは次の通りです。
1
長い年月を通して積まれてきた心の塵を一掃し、生死の繰り返しでしかない束縛の炎を消し去るシュリー・クリシュナ・サンキールタナに栄光あれ。このサンキールタナ運動は、全人類に与えられた無上の祝福です。なぜならそれは、祝福という月の光を放っているからです。サンキールタナ運動はすべての超越的知識の精髄であり、深遠な超越的喜びの海を広め、私たちが絶えず切望している人生の甘露を心ゆくまで味わわせてくれます。
2
わが主よ。あなたの御名のみが、あらゆる祝福を生命に与えます。故にあなたは「クリシュナ」や「ゴーヴィンダ」を始め、無数の御名をお持ちです。あなたはこのような超越的御名のうちに、御自分の超越的力のすべてを託されました。御名を唱えることに、難しい規則は全くありません。わが主よ、あなたは思いやりから、私たちがこれらの御名を通してあなたに容易に近づけるように配慮してくださいました。しかし、不運なことに私は、あなたの聖なる御名に少しの魅力さえも感じません。
3
私たちは謙虚な気持ちで主の聖なる御名を唱えなくてはなりません。自分を道端のわらよりも卑しく思い、木よりも忍耐強く、偽の名声に対する欲を一切捨て去り、人々に心からの敬意を払える心境になくてはなりません。そのとき初めて、人は主の聖名を絶え間なく唱えることができるのです。
4
全能なる主よ、私は富を蓄えることも、美女と遊ぶことも、従者を持つことも望みません。私はただ生まれても生まれても、あなたへのいわれなき献身奉仕を行いたいだけです。
5
マハラージ・ナンダの愛し子(クリシュナ)よ、私は、あなたの永遠のしもべです。しかしどうしたことか、私はこの生死の海に落ちてしまいました。どうか私をこの死の海から救い出し、あなたの蓮華の御足につく原子のひとつにしてください。
6
わが主よ、あなたの聖なる御名を唱える時、私の目がとめどもなく流れる愛の涙で飾られるのはいつのことでしょうか。あなたの御名を口ずさむや否や声がつまり、体中の毛が逆立つのは、いつのことでしょうか。
7
ゴーヴィンダよ、あなたとの離別を感じ、一瞬が12年か、それ以上にも思えます。涙は激しい雨のように流れ、あなたのいない世界はただ虚しいだけです。
8
クリシュナは私のただ一人の主人です。たとえ私をその抱擁で手荒く扱っても、姿を見せずに私を悲しませても、クリシュナは私の変わらぬ主人です。主は何をなさるのもご自由です。なぜなら、何が起ころうと、主は常に私の敬うべき絶対的主人だからです。