シュリーマド・バーガヴァタム 1.5.16
節
vicakṣaṇo ’syārhati vedituṁ vibhor
ananta-pārasya nivṛttitaḥ sukham
pravartamānasya guṇair anātmanas
tato bhavān darśaya ceṣṭitaṁ vibhoḥ
ananta-pārasya nivṛttitaḥ sukham
pravartamānasya guṇair anātmanas
tato bhavān darśaya ceṣṭitaṁ vibhoḥ
訳語
vicakṣaṇaḥ—非常に熟達した; asya—彼の; arhati—ふさわしい; veditum—理解するために; vibhoḥ—主の; ananta-pārasya—無限なお方の; nivṛttitaḥ—を放棄して; sukham—物質的な幸福; pravartamānasya—執着している人々; guṇaiḥ—物質的な質によって; anātmanaḥ—精神的な価値の知識を持たずに; tataḥ—ゆえに; bhavān—あなた; darśaya—道を示しなさい; ceṣṭitam—活動; vibhoḥ—主の。
翻訳
至高主は無限のお方である。熟達し、物質的に幸福になるための活動を放棄した人物だけが、精神的な価値を持つこの知識を理解するにふさわしい。ゆえにあなたは、物質的な執着ゆえに好ましくない境遇にある人々に至高主の崇高な活動について説明し、超越的な悟りの道を示さなくてはならない。
解説
神学は難しく、とりわけ神の超越的な質に関する主題は難解を極めます。物質的なことに没頭している人に理解できるものではありません。円熟した知性を持ち、精神的な知識を高めて物質的な行動をほぼ放棄した人だけが、この偉大な科学の勉学を許されます。『バガヴァッド・ギーター』では、無数の人々の中でひとりだけが超越的な悟りの境地に入る資格を得る、と言われています。さらに、そのような無数の人々の中でも、特に神が個性を持つとする神学を理解できるのは一握りの人々に限られます。ゆえにシュリー・ヴィヤーサデーヴァは、主の超越的な活動を率直に語って神の科学を説明するようナーラダから助言されました。ヴィヤーサデーヴァはこの科学に精通した人物であり、物質的な楽しみに執着していません。ですから、彼こそがそれを説明するにふさわしい人物であり、その息子、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーも、その教えを受け取るにふさわしい人物です。
『シュリーマド・バーガヴァタム』は神学の頂点にある書物ですから、一般の人々には治療薬として効き目を現します。主の崇高な活動について述べられているため、主とこの書物はまったく同じです。まさに文学書としての主の化身なのです。ですから、一般の人々でも主の崇高な活動の説明を聞くことができます。その結果、彼らは主と結ばれ、やがて物質的な病を治して清められていきます。また、熟達した献身者は時代や環境に即した新しい方法を見つけて、神に仕えない人々の心を変えることができます。献身奉仕は躍動的な活動であり、熟練した献身者は、その教えを物質主義的な人々の緩慢な頭脳に注ぐ効果的な方法を見つけ出すことができます。主への奉仕として献身者が行うそのような活動は、物質中心の愚かな社会に新しい秩序をもたらすことができます。主シュリー・チャイタニヤ・マハープラブや主の足跡をたどる従者たちは、この方面で巧みに活動されました。同じ方法に従うことで、私たちは闘争の現代に住む物質主義的な人々を、平和な生活と超越的な悟りの境地に導くことができます。