シュリーマド・バーガヴァタム 1.5.14

tato ’nyathā kiñcana yad vivakṣataḥ
pṛthag dṛśas tat-kṛta-rūpa-nāmabhiḥ
na karhicit kvāpi ca duḥsthitā matir
labheta vātāhata-naur ivāspadam

訳語

翻訳

主とは異なる姿、名前や結果など、主と関係のないことを描写しようとすれば、風があてもなく波間を漂う舟を激しく揺らすように、心をかき乱すだけである。

解説

シュリー・ヴィヤーサデーヴァはヴェーダ経典に関する全ての解説書を著した人物であり、果報的活動、推測による知識、神秘的な力、献身奉仕など、さまざまな論法で超越的な悟りについて説明してきました。さらに、数々のプラーナを通してさまざまな姿や名前を持つ神々の崇拝を勧めています。しかしその結果、大衆は心をどのように主の奉仕に定めたらいいのか分からなくなっています。自己を悟る真の道が見つけられずに、いつも当惑しているのです。シュリーラ・ナーラダデーヴァは、ヴィヤーサデーヴァがまとめたヴェーダ経典のこの欠陥を指摘することで、全てを至高主だけに結びつけ、それ以外の誰にも結びつけることなく説明しなくてはならない、と強調しています。事実、主以外に存在するものはありません。主はさまざまな拡張体として自らを表しています。主は、いわば1本の木の根、そして体全体の胃とも言えます。木に水をあげるとき、水は根に注ぐものであり、同じように食べ物を胃に入れることで体全体に力を行き渡らせることができます。ですから、シュリーラ・ヴィヤーサデーヴァは『バーガヴァタ・プラーナ』以外にほかのプラーナを作る必要はありませんでした。そこから少しでも外れれば、自己を悟る道に大きな混乱が生じるかもしれないからです。少しの逸脱から大きな混乱が生じるのですから、絶対真理、人格神からかけ離れた見解を意図的に広めることへの結果は容易に想像できます。神々への崇拝の最大の欠陥は多神論を定着させることです。その結果、バーガヴァタムの教えを阻害する多くの宗派が作られます。ですがバーガヴァタムだけが私たちを確実に自己の悟りへと導き、超越的な愛情奉仕によって至高人格神との永遠の関係を築くことができます。吹き荒れる風に舟が翻弄されるという例は、この点を的確に表現しています。多神教者の逸脱した心は、自己の悟りの完成境地には絶対に辿りつくことができません。間違ったものを選んでしまったために、心が乱されているからです。