シュリーマド・バーガヴァタム 1.13.49
節
so ’yam adya mahārāja
bhagavān bhūta-bhāvanaḥ
kāla-rūpo ’vatīrṇo ’syām
abhāvāya sura-dviṣām
bhagavān bhūta-bhāvanaḥ
kāla-rūpo ’vatīrṇo ’syām
abhāvāya sura-dviṣām
訳語
saḥ—その至高主; ayam—主シュリー・クリシュナ; adya—現在; mahārāja—王よ; bhagavān—人格主神; bhūta-bhāvanaḥ—創造された万物の創造者あるいは父; kāla-rūpaḥ—全てを食いつくす時という姿をとって; avatīrṇaḥ—降りて; asyām—世界に; abhāvāya—除去するために; sura-dviṣām—主の意志に反する者たち。
翻訳
その最高人格神、主シュリー・クリシュナは、全てを食い尽くす「時」(カーラ・ルーパ)として姿を変えて地上に現れ、妬ましい者たちを世界から取り除くために降誕されました。
解説
人間には2種類、すなわち嫉妬深い者と従順な者がいます。至高主は唯一のお方で、全生命体の父ですから、妬み深い者たちも実は主の子どもなのですが、彼らはアスラという名前で呼ばれています。一方至高の父に従順な生命体たちは、物質観念に汚れていないためにデーヴァター、または神々と呼ばれます。アスラたちは、存在を否定するほど主を嫌っているだけではなく、他の生命体たちも忌み嫌っています。世界がこのようなアスラで充満すると、主は自ら降誕して彼らを世界から取り除いて正すことがあり、そしてパーンダヴァ兄弟のようなデーヴァターたちに世界を統治させます。主が変装しカーラとなるという説明は重要です。主は危険な人物ではなく、永遠、知識、喜びという超越的な姿を持つお方です。主は、献身者には真の姿を示し、献身者でない者たちにはカーラ・ルーパという死の原因となる姿で現れます。主のこの死の原因としての姿はアスラたちには不快極まるもので、彼らは主に滅ぼされることはないと安心したいがために、主に姿はない、と考えます。