シュリーマド・バーガヴァタム 1.13.42

yathā gāvo nasi protās
tantyāṁ baddhāś ca dāmabhiḥ
vāk-tantyāṁ nāmabhir baddhā
vahanti balim īśituḥ

訳語

翻訳

鼻にくくりつけられた長い縄で牛が縛られ、条件付けられているように、人間も、数々のヴェーダの教えに縛られ、至高者の命令に従うように条件づけられている。

解説

どのような生物も、人であろうと、動物であろうと、あるいは鳥であろうと、「自分は自由だ」と思っていますが、実は主の厳格な法律に縛られない者は誰もいません。どのような状況にいようとその法律には背けない、だから主の法則は厳格なのです。人が作った法律は狡猾な無法者にはくぐり抜けられるかもしれませんが、最高の立法者が作った法典の目をかいくぐることはできません。神が作った法律をちょっとでも変えれば、罰せられる大きな危険をはらんでいるのです。至高者の法律は、さまざまな条件下で宗教法典と呼ばれていますが、宗教原則はどこでもひとつで同じ、すなわち至高の神の命令、宗教法典に従うことです。それが、物質界にある条件です。物質界にいる生物は、自分が選んだ束縛された生活という危険を受け入れ、そして物質界の法律に騙されています。その束縛から抜けだすただ一つの方法は、進んで至高者に従う気持ちに同意することです。しかし愚かな者たちは、マーヤー、幻想の束縛から解放されるかわりに、ブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ、ヒンドゥー、イスラム、インド人、ヨーロッパ人、アメリカ人、中国人、その他もろもろの呼び名に縛られ、それぞれの経典や法律が命じるままに至高主の命令を実行しています。国が作った法律は宗教法典をまねた不完全な模写にすぎません。宗教とは無縁の国、あるいは神を無視した国では、市民が神の法を破ってもとやかく言いませんが、国の法律を破れば徹底的に罰します。ところがその結果一般大衆は、人が作った不完全な法律を破るよりも、神の法律を破る罰に苦しめられています。誰であっても、ただ物質界にいるだけで不完全な状態にいるため、どれほど物質的に高められた人でも完全無欠の法律は作れません。しかし、神の法律にそのような不完全さはありません。指導者が神の法律を学びさえすれば、なんの展望もない人間たちが集まり間に合わせの立法会議をする必要はありません。人間がその場しのぎで作った法律はいずれ変更する必要が出てきますが、神が作った法律を変える必要はありません。あらゆる面で完璧な人格主神によって完璧に作られているからです。宗教法典や経典の教えは、さまざまな環境にいる生命体を考慮した上で、解放を得た神の代表者によって作られているので主の命令を実践すれば、束縛された生命体たちは物質界から徐々に解放されていきます。しかし生命体は、もともと至高主の永遠の召使です。解放された境地にいる生命体は、崇高な愛情を胸に主に仕えているため、自由な生活のなかで、主と同じ、あるいは時には主よりも高い生活を楽しみます。しかし、束縛された物質界にいる人たちは皆、主になりたいと思っているため、マーヤーの幻想ゆえに、支配しようとする思いが、束縛された生活を長引かせています。こうして物質界にいる生命体は、永遠の召使という本来の境地に戻って主に身を委ねるまで、ますます条件づけられていきます。『バガヴァッド・ギーター』の、そして世界に存在する認められた経典の最後の教えは、再び主の永遠なる召使いになることを説いているのです。